名探偵カラス Ⅱ
意外なこと
その日の午後、俺は縄張りにしているコンビニの前で、ゴミ箱からはみ出した弁当箱を突付いていた。
その昔、コンビニの弁当は、残ったら従業員がもらったり、誰も貰い手がない時は、無造作にゴミ箱に捨ててあったりなんかして、俺にとっては恰好の餌場だったんだが、最近では何だか法律上の規制とかで、残った弁当は全て、鍵の掛かる物置小屋の中にしまわれている。
そんな勿体無いことしないで、店の前にでも広げて、俺たちに振る舞ってくれりゃあいいのにさ!
しかしまぁ、そうなりゃなったで野良犬や野良猫、野良カラス(?)なんかがいっぱい集まって来て、店は営業してる場合じゃなくなるかも知れないがな。アハハ……。
「オヤッ?!」
目の前を一台の青い車が走り過ぎて行った。
ほんの一瞬だったが、助手席に座っていたのはあのじいさんで、運転していたのは、あの家の亭主のようだった。
「ふぅ〜ん、二人でお出かけかい」
その時の俺は、その程度にしか思わなかった。生きて行くには餌の方が優先だからな!
そして事件はその翌日起きた。
その日はいつもの公園で、仲良くなった鴨と、朝から世間の薄情さについて、色々とくっちゃべっていた。すると、少し離れたところから、聞き覚えのある声が響いてくる。
「お父さーん、お父さーん!」
その声は、前回よりも一際、緊張感を伴っていた。
「どうしたんだろう。あのじいさん、またいなくなったのかぁ?」
「――すみません、この人見掛けなかったですか?」
公園にいる人に、片っ端から写真を見せながら尋ねているようだ。
「今日はここには来てないのになぁ。まぁ、あの足取りじゃそんなに遠くまで行けるはずはないし、どうせすぐに見つかるだろうて……」
「――俺は徘徊老人探索隊でもないし」
少し気にはなったが、そう思った俺は、
「さぁ、今日はちょっと遠出の散歩でもしてくるか」
そう決めると、思いっきり羽根を広げて空高く翔け上がった。
今日は風も緩く、のんびり飛ぶには最適だ。下を見ると、いつもの見慣れた街の風景が広がる。俺は、隣町との境にある小高い山に向かっていた。
その山は何の変哲もなく、ただ木が生い茂っているだけで、人が歩いてる姿はほとんど見ないが、山の中腹に小さい寺がポツンとあって、その為か、一応車が通れる道も一本だけ走っていた。
その寺には鳩が数羽住み着いていて、寺の坊主が時々鳩に餌をやるので、俺もたまにお邪魔して、鳩たちと世間話をしながら、餌のご相伴に預かっていた。
今日もそのつもりで寺を目指していたら、途中に何かがキラッ! と光っているのに気が付いた。俺は光るものに惹かれるタチだから、何だろうと思って急降下した。
それは、少し崩れ落ちた道の端の木の枝に引っかかって、木々の間から射し入る光を反射して光っていた。透明感のある大きな赤い石の周囲を、透明な小さな石がぐるりと取り囲んだループタイ。
「こ、これは……」
俺は慌てて周囲を見回した。すると、崩れた道の下の方に誰かが倒れているのが見えた。
「オォッーー!?」
俺は慌てて坂を駆け降りた。
「じいさん! どうした、じいさん!? しっかりしろっ!」
俺は必死で声を掛けた。もちろん人の耳には、
「カァーカァー」 としか聞こえてないだろうけど……。
嘴で、じいさんの手を突付いてみた。すると手がピクピクッと動いた。
「おっ、まだ生きているぞ!」
俺はどうするか、しばし考えた。
「――そうだ!」
思いついて俺は、そのループタイを口に咥え、急いで寺の鳩の所まで飛んだ。
鳩を見つけるとループタイを渡し、じいさんの家に届けてもらうように頼み、俺は寺の坊主を探した。
この寺の坊主は、いつも俺が餌を戴きに来るのを迷惑に思っているらしくて、俺の姿を見つけると、ほうきを持って追い回すという習性を持っていた。
俺はわざと坊主の目に留まる所へ行き、嘴で坊主の頭を突付いてやった。
すると坊主は、いつもに増して怒り、ほうきを取るとそれを振り上げ、俺を追って来た。
俺は怒った坊主のほうきを交わしながら、じいさんが倒れてる方へ向かって逃げた。もちろん、あまり早足で逃げると、坊主が追うのを諦めてしまうから、危うく捕まりそうになりながら、するっと抜けて逃げるという技が必要だった。
「このクソカラス待てーーぃ!」
と、坊主らしからぬ言葉を口にしながら必死で追ってくる。
「しめしめ、その調子。もう少しだ」
ようやくじいさんが倒れているそばまで来ると、俺はひょいと下へ向かって降りて行った。
俺が、崩れた道の下に降りたものだから、坊主は、道の上から首を伸ばして見下ろした。そして、倒れているじいさんに気付くと、急いで滑るように崖を降りて来て、じいさんを抱き起こして声を掛けた。
「もしもし、大丈夫ですか? しっかりしなさい! 今助けを呼んできますから。しっかりして待ってて下さいよ!」
そう言い残して必死で崖を駆け上り、更に走って寺に戻り、ハァハァ言いながら警察に電話した。
知らせを聞いた警察は、救助用具を持参の上、救急車を伴って現場に急行してきた。
程なくじいさんは、救急車に乗せられて病院に運ばれた。
俺がホッと一安心してふと見ると、寺の坊主は警察に事情聴取を受けていた。
「いやぁ〜、いたずらカラスを追って走って行ったら、崖の下に人が倒れているのを発見しましてね、驚いて連絡したわけですよ。本当にびっくりしました。あんな所におじいさんが倒れてるなんてね。思ってもみませんから……。一体どうしてあんな所に来たんでしょうかねぇ。おじいさんの足であんな所まで歩いて来るのは並大抵なことじゃないと思いますがねぇ〜」
坊主は顎に手を当て、首を捻りながら、警察にそう事情を説明していた。
さて、その頃じいさんの家では……。
俺に頼まれた鳩は、ようやくその家を探し当てて、じいさんのループタイを足に掴んだままで、じいさんちの庭で鳴いていた。
「ポッポー、ポッポー」
「あら、鳩がこんな所に……。まぁ、珍しい。おやっ!? あれは……」
その家の主婦が、鳩の声に驚いて縁側から庭を覗き、鳩の足元のループタイに気が付いた。
「――あっ、あれはお父さんのお気に入りのループタイだわ。どうして?」
呟くようにそう言うと、裸足のままで降りてきて、そっと鳩のそばに近寄った。
鳩はびっくりしたのか、ループタイをそこへ残したまま飛び立った。
地面にそのまま残されたループタイを手に取り、女はそれをじっと見つめた。
「やっぱりこれはお父さんのお気に入りのだわ。どうして鳩がこんな物を持って来るのかしら? 一体どこから……? それにしても、お父さんは何処へ行ってしまったのかしら。もしかしたら……」
何やら急に不安になったその女は、急いで身支度をすると、近くの交番へ行って、「おじいさんが行方不明になって帰って来ない」と訴えた。
行方不明人の届けに必要な書類に署名をしたちょうどその時、交番内の電話が鳴って、急を知らせる連絡が入ったようだった。
「今、一人の老人が病院に収容されたようです。どうやら山で発見されたようですが、何か心当たりがありますか?」