名探偵カラス Ⅱ
その日も俺は、公園の木の上で昼寝をしていた。公園というのはもちろん、仲間の鴨がいる公園だ。
「なぜ、そんな所にいるのか? 人間になったんじゃないのか?」 だって?
それがさぁ、人間に魔法で化けたのはいいんだけど、いざアパートを借りようと思えば、やれ身元保証人だの保障協会だの、色々と面倒でさっ!
結局、今まで通りカラスの姿でいるのが一番楽ってことに気付いたのさ。
ま、この方が逆に性に合ってるのかも。あははは……。
でも必要な時には人間になれるから、今までみたいにカラスの姿でずうっとってわけじゃないんだ。その分やっぱり、今までよりはよっぽど快適だけどな!
で、話しは戻るけど、俺が木の上の昼寝から覚めてふと下を見ると、一人のじいさんが、何だかヨタヨタ、ヨボヨボ、頼りない足取りで歩いてるんだ。
周囲を見回すと、ベンチに並んで座ってるアベックも、小さな子供にボール遊びをさせてる若いパパも、ジョギングして走り抜けるおじさんも、なぜか一様にそのじいさんを奇異な目で見ている。
「んん? 一体何が……」
俺はもう一度そのじいさんを、頭のてっぺんから足の先までじっと観察してみた。
じいさんの頭は白髪七十五%のゴマ塩頭で、目はどこを見ているのやら虚ろな瞳、口は僅かに開いて、少しヨダレが垂れているようだ。
グレーの何の変哲もない立ち衿のポロシャツを着て、あまりにも不似合いな、透明感のある真っ赤な石の付いたループタイ、それも、その赤い石の周囲をキラキラ光る透明な石がぐるりと取り巻いた、とても派手なタイプをつけていた。
俺はなぜか、そのキラキラする光に最も目を惹かれたのだが……。
そしてズボンは、かなり薄汚れた感じの、しわしわヨレヨレ状態だった。
たぶん、どこへでも、何も考えずに座った結果じゃないだろうか……。
だけどそのズボンが一番、そのじいさんの雰囲気にぴったりマッチしていた。
そしてその足元を見て驚いた。
なんと裸足だ!
今時、ホームレスだって結構いい靴を履いてたりするっていうのに、どうしてこのじいさん靴を履いてないんだ? 足の裏が痛いだろうに……。
しかしそのじいさんは、足の裏にひょっとしたら感覚がないのか? と、疑いたくなるほどの無表情で歩いていた。
「うーん、このじいさんもしかして、よくあるボケ老人の徘徊ってやつだろうか?」
俺は心配になって、(俺って案外お人好し? あ、違った。おカラス好しだ! グゥハハハ……)そのじいさんの後ろを飛んでついて行った。
いや「行こうとした」が、本当だな。だってそのじいさん、歩くのがあまりにも遅くて、ここまで来るのだって相当の時間が掛かったに違いないのだ。
歩幅もたぶん二、三十センチあるかないか……。そんなもんでは、公園の外まで出るにも当分掛かりそうだった。
そこで俺は、公園内で最も高い木の上に止まって、しばらく様子を見ていることにした。
――それから小一時間経った頃だろうか……。そのじいさんが公園の出口のそばまでようやく辿り着いた。
じゃあそろそろ空中追跡に入るか……、と身構えたところに、どこからか大きな声で、誰かを呼ぶ女性の声が聞こえてきた。どうやら声の主は公園の外にいるらしい。俺は耳が良いから聞こえるが、普通の人には聞こえないだろう。
その声はどうやら「お父さーん!」と呼んでるいようだ。
「もしかしたらあのじいさんのことかぁ?」
そう察した俺は、何とかあの声の主がそばに来るまで、じいさんを足止めしといてやろうと思った。人間に化けるのは簡単だけど、今ここではちょっと人目が多過ぎて危険だ。
ふと見ると、公園出口の金属のポールで作った車止めの袂に、猫が一匹、日向ぼっこでもしているらしく、うつらうつらしていた。
「これだ!」
と閃いた俺は、早速猫のそばへ行き、
「カァカァカァ」 と鳴いた。
昼寝を邪魔された猫は、さも迷惑そうに、
「ニャー(イヤー)」 と答えた。
「そんなこと言わずに頼むよ。カァー」
俺がしつこく頼むと、仕方なさそうに猫は、
「ニャオ〜〔分かったよ〜〕」
と、一声鳴くと、重くない腰をヒョイと上げ、タッタッタッとじいさんのそばに行き、足に纏わり付いた。
意外なことに、そのじいさんは猫好きだったと見えて、足に纏わり付く猫を、膝を屈めてよしよしと撫でてやるのだった。
俺は単に足に纏わり付いて、じいさんがしばらく歩けないようにしれてくれと頼んだんだが、意外な方向で足止めすることができて、正直ホッとした。
もしかしたら、足に纏わり付いたがために、そのじいさんが転ぶ場合も想定していたからだ。
じいさんは何やらポケットから出すと、猫に与えた。お菓子か何か持っていたのだろう。俺は、離れた所から見ていたのでよくは分からなかったが、猫が喉を鳴らせて喜んでいるのは確かだった。
少しすると、さっきまで大声で呼んでいた女性がすぐそばまで来ていた。
そして、じいさんを見つけると急いで駆け寄った。
「もう、お父さん! ずいぶん心配しましたよ。でも無事で良かった。さぁ〜家へ帰りましょう」
そう言って、そのじいさんの手を取ると、自宅へ向かって歩き出した。
しかし、相変わらずゆっくりとしか歩めないじいさんに付き合って、その人もゆっくりと歩いていた。
「うーん、いい人じゃないか。このじいさんは幸せ者だ」
その時はそう思ったのだった。ところが……。
そのじいさんがどんな所に住んでいるのか、俺は急に興味を惹かれて、後ろからゆっくりとついていった。
案外と公園のすぐ近くの家で、一戸建ての結構大きな家だった。
門扉の表札には「秋山 総一郎」と書かれていた。
そうか、あのじいさん、総一郎って言うんだな。そう思いながら縁側にふと目をやると、そこには、まだ生まれて間もないくらいの可愛い三毛猫が、自分の舌で毛づくろいをしながら寛いでいた。
「あぁ、なるほど……。これを飼っているくらいだから、やっぱり元々猫好きなんだな」 と、妙に納得した。
玄関から入った二人は、女の方はたぶん台所にいるのだろう。奥の方から微かに声が聞こえる。
よたよたと縁側にやってきた総一郎じいさんは、早速猫を膝に抱いて、
「お〜よしよし……」 と言いながら、猫の喉をゴロゴロさせている。
少しすると、表に一人の男が立ち、その家の玄関の呼び鈴を鳴らした。
中から出て来たさっきの女が言った。
「あなた、お帰りなさい。今日も大変だったのよ〜」と。
「――何だ、あの女の亭主か……。じゃあ、そろそろネグラへ戻るか」
そう思って俺が飛び立とうとしたところへ、声が聞こえた。俺は気になって、縁側のそばまでヒョコヒョコと行ってみた。
「今日ねぇ、またお父さんが勝手に出て行ってしまってね。探すのに苦労したわ。まぁ、公園の中で見つけたから良かったけど……。もっと遠くまで行かれたらどうしたらいいのかしらねぇ〜」
「ふぅーむ、またかい? お義父さんにも困ったもんだね。でも見つかって良かったじゃないか」
亭主はそう言いながらも、やけに苦虫を噛み潰したような顔をしているのだ。