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キミと手を繋ぐまで

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03.夜明けまでもうすこし




 医務室にはいろいろな人が、いろいろなことを訴えて訪れる。
 一番多いのは学園の特性上なのか怪我で、次が風邪。あとは腹痛や頭痛、気分が悪いと来る子もいる。入学したての一年生は梅雨が明ける時期くらいまで親恋しくなる子が多くて、医務室で夜番をしていると眠れないと泣きながら訪ねてくる子もたくさんいた。
 あとは悩みや不安がある子も、やはり医務室の扉をたたく。近しい友人に言うには気恥ずかしく、先輩にも話せない。そういうとき、医務室というのは適度に距離感があってよい場所になるらしい。
 そんなわけで、医務室というのはいつも誰かしらがいるのだが、今夜はとても静かな夜だった。夕飯の時間も終わり、各自入浴も済ませてすでに眠っている人もいるだろう。用事があると外出している新野先生に代わって医務室の夜番任された伊作は、ふああ、とひとつおおきなあくびをする。
 新野先生が帰ってくると言っていた亥の下刻までまだもうすこしあるだろう。病人がいないというのは良いことだが、こうも静かだと眠ってしまいそうだ。時間もあるし人も来る気配がないし、危ない実習に出ている生徒もいない。ならばこの時をいかして薬でも作っておこうか。そんなことを考えていたとき、遠くから歩いてくる人の気配を感じた。
 足音の重さからして上級生。たぶん、五年か六年か、先生だろうか。しっかりとした足取りなので怪我をしているわけではないらしい。
 誰だろうと首をかしげ、伊作は背筋を正して座り直し障子へと身体を向ける。
 足音はゆっくりと、けれどまっすぐに医務室へと向かってきて障子の前で止まった。そして一瞬の空白のあとに、とんとん、と入室しても良いかと障子をたたく音がする。
「どうぞー」
 伊作がそう返事をすると、音もなく障子が開く。そして姿を現したのは、同級生の文次郎だった。
「文次郎!」
「今日の夜番はおまえだったのか、伊作」
「そうだけど、どうしたの……って、なにその隈! しかもすごい顔色悪いよ!」
「でっかい声だすな……頭に……響く」
 話すのもツライのか、文次郎は力なく呟きながら額を抑え、よろよろとした足取りで伊作の傍まで歩み寄ってきた。
「頭痛がひどいのかい?」
「ああ」
「……っていうか、いったい何日寝てないの」
「たぶん……五日を過ぎた、くらいか」
「五日!」
 五日間、一睡もしない状態で部屋にこもり、そろばんをたたいて数字と格闘していれば頭も痛くなるだろう。いくらなんでもバカだろうと呆れると、文次郎はひどい顔色のまま憮然と言った。
「だから、今日は寝ようと思っていたんだ」
「布団に入ったの?」
「ああ……だけど頭痛がひど過ぎて眠れない」
「それで薬をもらいにきたんだね?」
 頭痛と睡眠不足で思考が鈍っているのか、文次郎はやけに素直にうなずいた。いつものように悪態をつく気配もない。
 これはかなりまいっているんだなあと伊作も感じて、言ってやりたかった小言をすべて胸の中に押しとどめる。代わりにおおきくひとつ溜息をついた。
「それ、たぶん寝不足で逆に神経が高ぶりすぎて眠れないんだよ。あと、頭痛の原因も寝不足」
「……伊作。薬くれ」
「ダメだよ。なんでも薬に頼ってたら、自分で治すっていうちからが弱まってしまうんだから」
 薬は出さない、はっきりとそう拒否すると、文次郎は面白いほど絶望的な顔になった。
「頭が痛くて眠れねえんだって」
「わかってるよ」
 伊作はひとつうなずいて、正座していた足をすこし崩す。そして揃えたふとももをぽんぽんと二度たたいて見せた。
「はい、ここに頭乗せて」
「は?」
「だからここに寝そべって、頭乗せてってば」
「おっ、お、おまっ! おまえ! どういうつもりだ! ひ、ひ、」
「膝枕?」
「そうだっ!」
「そりゃあ、男の膝枕なんて嫌だろうけど、そうしないと指圧できないだろう。ちょっと我慢して」
 この歳で男に膝枕されるなどうんざりするという気持ちもわかるが、そこまで嫌がることもないだろうと思う。もしや文次郎は身体を触れ合わせることすら嫌悪するほどに伊作のことが嫌いなのだろうか。
 忍術学園に入学してから六年。なんだかんだと言いながらも仲良くしてくれるこの同級生に嫌われているとすれば、それはとても悲しいことだ。
「もんじ……もしかして僕のこと嫌い?」
 思わず問いかけると、文次郎は「ハア?」と声をひっくり返して怒りだす。
「なんでそんな話になるんだっ!」
「だって、膝に頭乗せるくらいでそんなに嫌がるなんて……」
「ああもうっ! わかった! 横になりゃいいんだろうがっ!」
 怒鳴るようにそう言って、文次郎は勢いよく床に座りこむ。そして一度、鋭い視線で伊作を睨みつけ、こちらに後頭部を向けるようにして膝の上に頭を乗せてごろりと横になった。
「ほれ、これでいいんだろ。もう好きにしてくれ」
 なんだかやけくそな言い分だが、とにかく膝の上に頭を乗せてくれたので指圧はできる。けれど嫌いかという問いに答えてもらえなかった。
 文次郎は、嫌いならば嫌いと即答するはずだ。こうして答えなかったということは、すくなくとも嫌われてはいない。そう自分を慰めて、伊作は膝の上にある文次郎の頭にそっとてのひらを乗せる。
「元結とるけど、良い?」
「ああ」
 承諾の言葉をきちんと聞いてから、伊作はそっと髪紐を解いて床の上に置く。膝の上に散った髪をてぐしで整えると、さらさらとした感触が指のあいだを滑った。癖っ毛の伊作には、とてもうらやましいさわり心地だ。
 この感触は捨てがたいが、まずは文次郎の頭痛をどうにかしてあげないといけない。右手の指先を髪の中に入れて、頭皮を撫でる。
「痛いところはどのあたり」
「んー……もうすこし、右だ」
「ここ?」
「ああ、そこだ」
 左側のこめかみのあたりだ。そこからゆっくりと後頭部まで撫でるように、呼吸するのとおなじ間隔で押していく。それだけですこし頭痛が和らいだのか、文次郎がほっとしたような溜息をついた。
「どう? すこしは痛みがひくだろ」
「……ああ」
 答える声はとてもちいさい。痛みが和らいで眠くなってきたのだろう。
 今日は急患もいないし、新野先生が帰ってくるまでもうすこし時間もある。ここですこしだけ仮眠をとらせて、先生が帰ってきてから一緒に長屋にもどろう。
 そうと決まればと、伊作は文次郎の頭皮に滑らせている指先一本一本に神経を集中させる。
 右手は首の付け根、一番頭の重みがかかってこりやすいところを手のひらで撫でるように揉みこむ。頭痛がするのは肩がこっているせいかもしれない。近いうちに医務室に呼んで、肩や背中も指圧してあげた方が良いだろうか。そんなことを考えながら、左手の親指で痛むと言っていたこめかみの周辺を重点的にほぐしていく。
 ゆっくりゆっくり、こめかみから後頭部へ。たまにてのひら全体を使って撫でるようにしていると、だんだん文次郎の呼吸が遅くなってきた。そしてしばらくすると、寝息が聞こえてくる。
 あの文次郎が伊作の膝で寝るなど考えられないことだが、それだけ疲れていたのだろう。眠る邪魔にならないように指圧するのはやめて、代わりにゆっくりと、髪の流れに沿うように頭を撫でることにする。
作品名:キミと手を繋ぐまで 作家名:ことは