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キミと手を繋ぐまで

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01.嘘をつく背中




 なんで自分だけ、なんて。
 いまでは絶対に考えなくなったけれど。

 思えば忍術学園に入る前から、運のよくない子どもではあったと思う。転ぶし落ちるし、ひとりだけ道に迷っていろんな人に迷惑をかけたことも多かった。
 忍術学園に入ると、運がないというのはいっそう伊作の肩に重くのしかかってきた。
 なにせ、普通に生活しているときよりも危険な場所に行くし、危険な道具を扱うようになるのだ。普通の子たちでも十分に怪我をするその環境で、伊作はその三倍は怪我をし、迷子になり、同級生や先輩や先生に迷惑をかけた。
 けれど伊作も、迷惑をかけたくてしているわけではない。先生や先輩が毎回本気で心配して抱きしめ、叱ってくれるたびに申し訳なくなる。同級生たちがドジな伊作を嫌がるたびに、何度だって泣きたくなった。
 一年二年のころは、とくに同級生からのあたりが強かったように思う。
 ただのドジで泣き虫ならば同級生たちもバカにするだけだったのだろうが、伊作の周りにはすこし有名な人物ばかりが集まりすぎていた。
 おなじ組で長屋も同室の留三郎は武術が得意で強く、あのい組の生徒とでも互角に渡り合える。そのい組の生徒である潮江文次郎と立花仙蔵も同級生たちのあいだでは注目の的だ。怪我をするたびに医務室ではなく伊作のとこに来る小平太と、図書室で知り合ってよく話をするようになった長次も、ろ組で有名なふたりだった。
 い組とろ組で注目されるふたりと同室の留三郎。取り立てて秀ている部分があるどころか、人よりも劣っている部分の方が多い伊作がそんな五人と親交があることが、他の同級生にとっては『面白くない』のだろう。
 そもそも、人懐っこい小平太以外は基本的に人と一緒にいることを好まない。仲よくなりたいと話しかけても、なかなか友達にはなれないのだろう。そういうこともあって、そんな四人と仲良くしている伊作のことが許せないのだろう。
 忍者に向いていないとバカにするように笑われるたびに、ドジをして冷たい眼をされるたびに、どうしてもっと上手にできないのだろうかと悔しくなった。
 他のみんなほどでなくても良い。普通に、同級生の子たちくらいに座学も実技もできれば、「あの五人につりあっていない」なんて言われなくてすむのに。
 自分さえちゃんとできれば、他のみんなが「あんなヤツと一緒にいるなんてどうかしてる」なんて陰口、言われないのに。
 なんで自分だけこんなにも『できない子ども』なのだろう。
 いつもそんなことを考えて、泣いていた。

 思えば保険委員としてきちんと仕事をこなせるようになるまで、そんな暗い思いがいつも伊作の胸を巣食っていたように思う。
 いつしか薬学を覚え、新野先生の代わりに病人の看病や治療が一人前にできるようになると、同級生たちも自然となにも言わなくなった。怪我の多い学園生活で、同級生の怪我の手当てをする機会がたくさんあったことが良かったのだろう。ただの『できないヤツ』から、いつしか『治療ができるヤツ』という存在になっていた。
 同級生たちとも打ち解けられた。薬学という、自分にとても合う学問ともめぐり合えた。ドジながらもこの忍術学園で最上級生にまで進学もできた。一年生だったころの泣き虫な自分に誇らしげに教えてあげたいくらいの快挙だと思う。
 
 なのにどうしてか、涙が止まらなくなる日というのがある。

 不運なことに今日がその日だったようで、またあの四年生が掘ったのであろう穴に落ち、足を痛めて自力で這い上がれなくなってしまったところで涙腺が壊れてしまった。
 ここが後輩たちのいる医務室でなくて良かった。最上級生の自分がこんなふうに大泣きしていては、きっと不安にさせていただろう。
 痛めた左足がじんじんして熱を持っているのがわかる。痛みも呼吸をするたびに増していた。早く医務室に行くか、適切な処置をしなくては治りが遅くなってしまうだろう。全部わかっているのに涙が止まらない。
「……その声、伊作か?」
 頭上から控えめに問いかけられた声にハッとした。けれど穴を覗きこむ人物を見て、伊作は安堵する。
 そこにいたのは留三郎だった。
「また落ちたんだな。大丈夫か?」
「う、うう、うっく、あ、足、いため、たっ!」
「ああー……」
 留三郎は気の抜けた声でそう言ってばりばりと後ろ手に頭を掻き、やはり抑揚のない声で「そりゃまあ、災難だったな」と呟く。
 今日は涙が止まらない日なんだ。だから早く、見なかったふりをしてここを離れてほしい。そう留三郎を突き放す言葉と、ここから離れていかないでと子どものように留三郎を求める言葉が頭の中で反響する。
 自分がそのどちらを彼に求めているのかわからなくて、伊作はくちを閉ざすことを選んだ。そしてぎゅっと目を閉じて、立てたひざを抱くようにしてちいさくなる。
「いさくー?」
 頭上、すこし離れたところからかけられる声に首を振ることで答えると、返ってきたのはちいさな溜息だった。
 呆れられてしまっただろうか。こんなところで子どもみたいにちいさくなって、ぐずぐず泣いている伊作など置いて彼は行ってしまうかもしれない。それでなくても用具委員長の彼は武具や火器の手入れ、学園のあちこちの修繕に毎日忙しいのだ。
「とめさぶろぉ……」
「はいはい、なんだよ」
 ぽつりと落とした声に優しい声が返ってくる。しかも、今度は頭上ではなく、すぐ目の前からだった。
 止まらない涙をそのままにすこしだけ顔をあげると、やはり目の前にこの六年ですっかり見慣れた彼の姿がある。目が合って慌てて顔を伏せた伊作の右手を取り、彼はそれをぎゅっと強く握りしめた。
「おら、好きなだけ泣け」
 ここにいるから、と柔らかい声音で言う彼の表情は、見なくてもわかる。
 目を閉じて、無表情で、彼はきっとそこにいるのだろう。
 思えば伊作がこうして涙が止まらなくなる日は、いつだって傍に留三郎がいた。そして彼は決まって今のように伊作の手を握り、なにも言わずにじっとしているのだ。
 どうしてだろう。忙しくてこんなことしている時間もないだろうに、彼はこうしてここにいてくれるのだろう。
 ぼろぼろとこぼれる涙を膝小僧にこすりつけ、ちらりと顔をあげる。やはりそこには目を閉じた留三郎がいたが、彼はこちらの視線に気づいたのかゆっくりとまぶたをあげた。そして伊作がそちらを見ていることに気がつくと、ひどく緩やかに笑う。
「伊作の泣き虫はほんと治んねえな」
 泣き虫じゃないよ、なんて呟いてみたけれど、きっと六年で一番泣き虫なのは自分だろう。
「留さんが意地悪言う……」
「こんな優しい男捕まえてなんてこと言うんだ」
 憮然とした顔でそう言って、自由な方の手でこつりと頭を殴られた。それがなんだかくすぐったくて笑うと、留三郎はぱちりと一度まばたきをしてから目元を細めて微笑む。
「よし、笑ったな」
「あっ! ほんとだ」
「涙は……うん、止まってる」
 確認するようにてのひらで目元をこすられて、残っていた涙の跡すら留三郎が消してしまう。そしてこちらに背中を向けてしゃがみこみ、肩越しにこちらを振り返った。
「ほら、おぶされ。医務室連れてってやるから」
作品名:キミと手を繋ぐまで 作家名:ことは