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ホットいなりを食す

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しばらく風邪をひいていた。熱は測っていなかったが、三日目に測ると三十七度以上あった。体はかなりふらふらしていてせきも酷い。そこで私は甘えるようだが、母に風邪薬を買ってきてもらった。
 しばらく寝ていたが、夜になって冷蔵庫にいなり寿司があることに気がついた。母が薬のついでに買ってきてくれたのである。
 我が家では誰かが風邪をひくと、このように寿司が登場する。経済的に余裕がある時はにぎり寿司だが、節約時はいなり寿司や巻き寿司だ。
 私は晩ごはんにそれを食べようと思ったのだが、ここで魔が差してしまった。
「いなり寿司を温めて食べてみてはどうか」
 私は冷蔵庫から取り出したいなり寿司を見て、そんなことを思ってしまった。しかし、同時にこんなことも頭に浮かんだ。
「食べ物で遊ぶなと、どこかから苦情が来るのではないか」
 しかし、いなり寿司を温めて食べてはいけないという法律はない。温めることが人道に反することとも思えない。そういうわけでこのいなり寿司をレンジでチンすることになりました。
 とりあえず一分チンすることにした。三十秒だとたぶんぬるくなってしまう。なので一分を目安にした。
 うちのレンジは最高が八百ワットだ。八百ワットがどのぐらいかというと、冷凍食品なんかには「五百ワット六百ワットで五分」などと書かれている。なので八百ワットというのはかなりの熱量で温まるわけだ。
 それをすっかり忘れていた。
 私はごはんやおかずなども、この八百ワットで対処する。この時も当然、八百ワットに設定していた。
 いなり寿司をレンジに入れる。一分に合わせる。そしてスタート。
 いなり寿司はレンジの中で温められていった。たぶん、日本初の行為ではあるまいか。そんな日本で初めての快感に酔いながら、電子レンジを眺めていた。
 するとレンジの蓋から何やらただならぬ様子が漂ってきた。煙が蓋の隙間からもうもうと出てきたのである。私は焦った。
「ここで止めようか」
 そう思ったが、私はすでに「一分加熱」と心に決めている。途中でやめてしまって、やっぱりぬるいいなり寿司でした、じゃかっこがつかない。
 私は我慢した。もうもうと溢れ出る煙。私はそれに耐えるしかなかった。煙を止めるすべを知らなかった。
 煙が出始めたのは約二十秒後。あとの四十秒はさながら修行のようであった。そしてトライアスロンをやり切った選手がゴールテープを切るかのように、レンジは「チン」という音を立てた。
 私は電子レンジの蓋を開けた。初めて見る「ホットいなり」の登場である。
 私は家族の待つ隣の部屋にそのいなり寿司を置いた。すると家族からは「いなり寿司温めたの?」という偏見の視線と罵声が飛んだ。
 私は「冷えた寿司は体を冷やす」と、最もだかなんだか分からない言い訳をして手を合わせた。
「いただきます」
 目の前には日本初のホットいなりがある。しかし、お味のほうはいかがなのか。箸で持って一口食べてみる。
「熱うううううう!」
 予想外の展開である。温めすぎたホットいなりが抵抗してきたのだ。私は言われてしまった。
「食べ物で遊ぶな」
 と、当のいなり寿司に言われてしまったのだ。しかし私は諦めない。はふはふしながら、なんとか口に運ぶ。
 うん。正直、悪くはない。良くもないが悪くもないのだ。少し油揚げが油臭いような気もするが。もしコンビニでこれが発売されると、流行るような流行らないような、微妙な路線である。
 私は決しておいしくはないが、初めて食べたホットいなりに多少なりとも感激を覚えた。なぜならこれは、自分で考えた創作料理だからだ。
 するとまたどこからか、「創作料理、バカにすんな」という声が飛んできそうだが、それはとりあえず横に置いておく。
 するとそんな様子を見ていた母がこう言った。
「巻き寿司もあるわよ」
 私は冷蔵庫をもう一度見た。いなり寿司が入っていたその奥に、巻き寿司もちゃんと入っていたのである。
 私は思った。
「やらぬわけにはいくまい」
 嫌な予感はした。なんとなくだがそう思った。レンジでまた、トライアスロンをする。皆さんの予想はいかがであろうか。
 私はその激マズの巻き寿司に、さらに風邪をこじらすのであった。
作品名:ホットいなりを食す 作家名:ひまわり