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迷羊館の数奇な人々  3杯目 箱庭と黒蜜入りコーヒー

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幾奇水月(21)
性別:男
職業:大学生
趣味:喧嘩、読書、芸術品鑑賞

それが、俺。
の、はずだった。
あいつらと出会うまでは――――。
4年前に迷羊館という喫茶店の主と出会ったところから俺の人生そのものが大きく変わった。

その頃の俺は、自分で言うのもアレだがとても荒れていた。
いわゆる、不良。





本屋の帰り道だった。
いつも、通っている道が工事中で通行止めだったため普段は通らない坂道をしぶしぶ登っていた。
やっと、坂を上りきったそこには古い洋館が建っている。
建っているといっても、そこから人が出入りするところなんて見た事が無いのだが・・・
そこまで、回想して俺は足を止めた。
さっきから、人に見られているような・・・監視されているような気がしてならない。
 不気味になってきたので、視線の主を探すべく辺りを見渡す事にした。

開くはずの無いの無い洋館の扉が、開いていた。

さらに、そこから底冷えするような視線をこちらへ向ける美少年と、真価を確かめるかのような眼で同じくこちらを見つめる二十歳ほどの(少年に劣らず)容姿の整った青年が洋館の扉の向こう側―――つまり館内に居た。

「は、何なんだ?」

俺が、そちらに気付いた事を確認したのか青年が穏やかそうな笑みを浮かべる。
逆に、美少年は睨んできた。
対照的な反応に、戸惑う。

「お、い、で。」

青年が、唇を動かしたのが見えた。
青年の隣に佇む美少年は、驚いたような顔を青年に向ける。
しかしその顔は、5秒もしない内に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
と、青年は慣れているのか宥めるかのように美少年の肩を軽く2・3ど叩き微笑む。
美少年は、嫌々ながらも納得したのかこちらを振り返り眉間にしわを寄せながらも手招きした。

「?」

少しの、不信感を抱きながらも巨大な好奇心に背を押されて俺は歩き出した。

「はじめまして、」

青年が柔らかな声音で、あいさつをしてくれた。

「ハジメマシテ、えーと・・・ドチラさん?」

俺は、つい訊いてしまう。

ぴく、
なぜか美少年が眉間の皺をいっそう深くした。

「自分から、名乗れ。」

低いトーンは、怒りを抑えているようだ。

「あ゛ぁ?」

初対面でそれは、無いだろ?
自分たちの方から呼んどいて・・・
折角、好みの顔なのに性格が最悪だ。

「鏡、」

嗜めようと、青年が口を開く。

「五月雨さん、だってそれが礼儀というものでしょう?」

が、青年のその一言で黙ってしまう。

「あー。おれが、雨宮五月雨で」

仕切りなおして、青年が自分と隣の美少年を紹介しようとした時だった。

「月見鏡。」

美少年が、自分の名前を言った。

「幾奇水月だ。」

俺も、名乗る。

不思議な名前ね。って俺も結構言われる方だけど、この人たちには及ばないんじゃないか?

「面白い名前だね。」
「よく、言われる。あんたは、語呂がいいね。雨で始まって雨で終わってる。なんか、綺麗だ。」
「る、な。」
「え?」
「寄るなっ!」

肩に、鋭い痛みが走る。

「なん、だ?コレ」

先が針の様に尖った金属で、鏡の持っている柄は木でできている。

「鏡っ!」
「なに?五月雨さん」
「その、アイスピックを」
「アイスピックってなんのこと?ねぇ、何でそんなに慌ててるの?貴方は僕のことだけ考えていれば良いの。僕も貴方のことだけ考えるから、ねぇ!“他”なんて見ないでよ。僕には貴方だけなんだ。なんでもあげるし、どんなことでもきいてあげる。だから、だからっ!僕だけを見てよっ!」

なんだ?
何が、起きている?
コイツは、鏡は今・・・何と言った?

「鏡、落ち着いて。大丈夫、僕にも君しかいないから。君が僕の全てだから。なんでも、聞いてくれるんだよね?だったら、それ・・・そのアイスピックを抜いてくれないかな?」
「・・・うん、わかった。仕方ないね。五月雨さんのお願いだもん。」

あれ?
こんなに幼い喋り方だったか?
鏡って奴は、というか五月雨も何て言った?

肩から、生ぬるいモノが吹き出してくるのを感じる。
それは、徐々に広がって袖を襟ぐりに滲みていく。

「鏡、この人はお客さんだよ。」
「お客さん?」
「うん、俺たちと同じ・・・苦しんできた人だ。」
「おな、じ?」
「そうだよ。だから、ね、早くお店に入れてあげなきゃ。」
「そうだねっ!お客さんなら、御もてなししないとね。」

言うが早いか、肩の激痛によって思わずしゃがみこんでしまった俺に手を差しのべる。

「大丈夫ですか?」

にっこりと、綺麗な笑みを浮かべて。

なんだ、コイツ
本当にさっきの奴と同じか?
先程の、冷たい目線の主と同じ人物とは思えない。


カラン、

「おひとりさまですか?」
「では、ご案内させていただきます。」
「ようこそ、迷える羊の館へ。」



長い夢を見ていた。
ココへ初めて来た時の夢だ。

「おや、目覚めたのかい?」
「はい。」


―――――現在――――――

時刻は午後3時

「うわ、五月雨さん!何で起こしてくれなかったんですか!?午後の休講しちゃったじゃないですか!」
「え、あまりにも可愛く眠ってたからさ。」
「か、かわいくなんて」
「しっ!鏡君が来る。」

足音で見分けるとか、ホントどんだけ愛しちゃってるんだよ。

「・・・マスター、いつもの頼みます。」
「はい、はい。」

鏡が来るときはいつも五月雨さんの呼び方をマスターに変える。
これは、この店の常連客の中で暗黙のルールだ。

なんせ、鏡は嫉妬深い。


コトン、


小さな音を立ててコーヒーカップが置かれる。

「ありがとう。」

コーヒーカップの中からは、ブルーマウンテンの匂いに混じってどこか不思議な香りがする。黒蜜だ。

「サービスしといたよ。」

あぁ、いつもより甘めだ。

「シナモンスティック」
「ん、」

差し出されたそれで混ぜれば、亜細亜風の芳香とスパイシーな辛さが舌を刺激する。

「おいし。」

だが、ゆっくり味わっている暇なんかない。
俺はそれをいそいで飲み干し(ありがたいことにアイスの方だった)、鞄を肩に背負う。

「ごちそうさま!じゃ、」

行ってきます。

―――――5分後―――――

棚の物陰から、一人の美少年が現れた。

「五月雨さん、アレ」
「あ、気付いちゃった?」
「気付かない方が可笑しいでしょ。・・・ずっと見てたんだけどさ、サブリミナル効果使ったね?」
「あはは、何のことかな?」
「そのアイスピック」
「・・・バレちゃった?うん、4年前のだよ。」
「やっぱり。その柄に睡蓮が彫ってあるでしょ?それを、わざと見えるように使っていたしね。そんなことじゃないかと思ってたよ。」
「なんでもお見通しなんだね。」
「まぁね。っていうか、五月雨さんも案外Sだよね。」
「ん?」
「『可愛いく眠ってた』なんて、アイツすっごい呻いてたじゃん」
「へぇ、そんなところまで見てたんだ。」
「・・・嫉妬?」
「そうかも、だから」

認めるよりも早く、五月雨が鏡にその長い腕を巻き付ける。

「いいよ、・・・今夜は絶対に眠らせない。」


幾月水月は勘違いをしている。
それは・・・