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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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タブレット噛む音

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口が乾いてそれが不快で、無理に潤いを求めてタブレット菓子を噛む。
重なって、また気持ちが悪くなってくる。

夕陽が、教室を赤く染めるくらいに傾き始めた。
「そろそろ帰ろうか」
不意にかけられた声に、夕子が無言でうなずく。
1粒取り出して、噛む。
「……ごめん」
「気にしてないよ、心配かけて本当にごめんね」
聡実は昔からまわりに心配をかけたりするのを、人一倍嫌がった。
恩を返すのがめんどう、とかじゃない。
むしろきっちりとお礼をしないと気がすまないタイプだと思う。
そうじゃない。
聡実は自分のことなんか考えさせてごめんね、と言うのだ。
幼馴染なんだから、気にしないでよと夕子は言いたかった。
だけども、口にすると一気に薄っぺらくなってしまいそうで、怖くて。
嫌だったから、言えなかった。
姉妹同然に育ってきたようなものだと思いたいのは、自分ばかりだったのかもしれない。
いつも、いつも聡実は何重もの壁で他人との間に仕切りを作ってる気がする。
「ありがとって、言おうよそこは」
目を見ては、言えなかった。
見たら夕陽に照らされて目が潤んでる、なんて思われそうだから。
夕子の方を向いた聡実が笑った気がした。
笑うと、その人の近くの空気が柔らかく動くものだと夕子は思ってる。
今、聡実と夕子の近くにあった空気は本当に優しく夕子にあたった。
『聡実が笑うと、母さんやお姉ちゃんが笑うのと同じくらいにそうなるんだ』
「そうだね。ありがと夕子」
同じ一言なのに、こんなに暖かくなる言葉があると教えてくれたのも、聡実だった。
自分の口からでる「ありがとう」もそれくらい、優しくなればいいのにと思う。
同じくらい、聡実に伝われば嬉しい。
「あ、ゴミ箱」
聡実が見る先に、青いポリバケツが並んでいる。
えい、と女子にしては綺麗だと褒められそうなフォームで聡実が何かを投げる。
「聡実! は、入るの?」
「入らなかったら、掃除しなきゃ駄目だね」
愉快そうに笑う聡実の横顔が、また傾いた夕陽で少しだけ赤い。
夕子は投げたものが吸い込まれるように、ポリバケツの中に入ったのを見届けた。
それは過ぎた時間の中で、すっかり空になった瓶。
気味の悪いタブレット菓子をたくさん聡実に献上してた、あの瓶。
いつだか割ったほんとに薄いガラスのコップと同じような音がして、夕子は思った。
『瓶は、割れたんだ』
聡実はもしかすると、自分がそれを嫌だと思っているのをわかって投げたのかもしれない。
「……ナイス、コントロール」
呟くように称賛すると、また柔らかい空気が夕子にぶつかった。

「飴なんてどうかな、聡実」
ほら、飴ならおいしいし変なことも言われないよ。
軽くパスするように下手投げで渡したのが変な方向に飛んでいったけど、聡実は気にせずキャッチした。
ナイスキャッチ、と夕子はまた褒める。
体を少し揺らして聡実が笑った。
「うん、おいしい」
変なことってなんだかは、よくわかんないけど。
そう呟く口の中からは、水分が吸い取られた状態のような音がする。
タブレット菓子を噛む時みたいな音もその中に入ったみたいに、聡実の口から消えていた。