servant
そう言って、花柄の遮光カーテンをいっきに開ける。
まだ彼女は眠っているようだ。
戸口に置いておいた朝食をベットのサイドボードに移動させる。
今日の朝食はオニオンスープとベーコンエッグにトマトサラダだ。
うっすらと目を開けた彼女と視線が合う。僕はにっこりと微笑んだ。
「お腹すいてるでしょ。さあ食べて」
まだ未覚醒の彼女をゆっくりと抱き起こしナイフをとる。
半熟の卵を食べやすい大きさに切り取り彼女の口へ運んだ。
彼女は無表情のまま口を動かす。
どうだろうか。おいしいだろうか。
一通り食事を終えて、今度は彼女の髪をとかしてあげる。
柔らかく絹のような肌触りのするそれをていねいにすく。シャンプーの香りがふ
わりと漂う。ミルクティーブラウンのきれいな髪。
僕は日差しを反射してキラキラと輝いている水差しをとり出窓にかざってある花
に水をやる。
彼女の好きなチョコレートコスモスにローズマリーだ。
水滴が宝石のように輝く。
僕は書斎に入る。もう少し彼女の世話をしていたかったが仕事をしなくては。
僕は童話作家だ。甘い夢のようなふわふわ幸せになれる、そんな話を書き続けて
いる。
今書いている話も彼女に早く見せてあげたい。きっと喜ぶだろう。
話の内容は、眠り続けている女の子話だ。
そう、今の彼女のような。
書き続けて三時間くらい経った。いけない。もうこんな時間だ。
僕はティーセットの用意をする。彼女にお茶を運ぶ時間だ。
再び彼女の寝室へ足を運ぶ。
「おまたせ、今日はアールグレイだよ」
さきほど来た時とさほど変わらない体勢で彼女は眠っていた。
僕が入ってきたのに気づきぱちりと目をあける。
アンティーク調のカップへティーポットの中身を注ぐ。そして彼女を抱き起こす
。僕はカップを彼女の口へつける。
彼女は無表情のままお茶を飲む。
一杯飲み終わると、お皿に乗せたシナモンスティックをくわえさせた。
「じゃあ僕は庭に行くけど、何かあったら呼んでね」
彼女は返事の代わりにポリポリとスティックをかじった。
広い庭を一人で調えているのは結構時間がかかる。
気がつくととっぷりと日が落ちかかっていた。
そろそろ屋敷に戻ろう。
「入るよ」
ランプに明かりを点しカーテンをしめる。
彼女は目を開けたまま虚空を見つめていた。
僕はベット脇のテーブルの上に細長いクリスタルでできた花瓶を置く。
「庭でね、バラが咲いたよ。とてもきれいだったから飾るね」
そう言ってアプリコットとハチミツ色のバラを花瓶にさす。
うん、きれいだ。
僕は彼女の額を優しくなでた。
彼女の視線は遥か彼方を見つめている。
「おやすみ。いい夢を見てね」
「もうやめて」
彼女が口を開く。
彼女の声を聞いたのは実に26日と12時間ぶりだ。
たしか最後に聞いたのは「あなたは狂ってる」だったような。
「どうしたの?このお花きらいなの?」
「助けて、誰にもこのことは話さないから」
毛布がずれる。
彼女のネグリジェに覆われた上半身が露わになる。
彼女の肩から先は何もない。
だって、僕がすべてお世話するんだから、そんなもの必要ないでしょ?
足だってそう。
外に行く必要はないし、あるとここから逃げ出そうとするからいらない。
だから僕が切り取ってあげた。
「君もそんなこと言うんだね。いったい何が不満なの?」
「お願い。私をお家に帰して」
震えた声で彼女は訴える。
なんでそんなことを言うのかな?
そんなこと言う口も、考える頭もいらないよね?
僕はベット下にかくしておいた鉄の斧をズルリと取り出す。
彼女は虚ろな目でそれを見る。
僕はためらいもなく彼女の首を切断した。
羽毛布団の中身が舞い散る。彼女の血液で赤く染まる。
あーあ、シーツ取り替えなきゃ。ふと斧を見る。血錆でキレが悪くなってきてい
る。こちらも新しいのに代えよう。今度は大きな鎌がいい。
カーペットは無事なようだ。僕はホッと胸をなでおろす。
前は部屋中逃げ惑ったものだから壁といい家具といい、いたるところに血痕がこ
びりついて大変だった。
彼女の首がこちらを見ている。
「君が悪いんだよ」
僕はポツリと呟いた。
朝がきた。僕は彼女の部屋に向かう。
「おはよう。よく眠れた?」
カーテンを開ける。
今日の朝食はミートパイだ。口に合うといいけど。
サイドボードに置こうとするが、彼女の首が邪魔だ。僕は首を床に無造作に転が
した。
困ったことが起きた。
胴体だけの彼女は、朝食が食べられない。
アハハ。そうだよね。
こんなことに気付かなかったなんておかしいや。
僕は愉快になって笑いだす。
アハハ。アハハハハハ。
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
部屋中に僕の声がこだまする。
それがよけいにおかしくて、笑いが止まらない。
ひとしきり笑った後、僕は彼女の首と胴体を麻袋に詰めて裏庭にある井戸に向か
う。
お世話する必要がなくなったのだ。
ドサッと彼女の体が底に落ちる音が聞こえた。
この井戸はいったいどれくらいの深さだろう。
もう何人もこの中にいるはずなのに、ちっとも満杯にならない。
確か、最初に落としたのは僕の妹。次がお兄ちゃん。その次は僕に吠える犬。僕
を怪しんだお母さん。
細かいことは覚えてないや。まあいっか。
屋敷に戻ろう。お話の続きを書かなくちゃ。
ふと庭の入口のアーチに薄い水色のエプロンドレスを着た女の子が立っているこ
とに気がついた。
「こんにちは、お嬢さん」
僕が声をかけるとびくっと細い肩をふるわせた。
「あの………勝手に入ってごめんなさい。あまりにもきれいなお庭でしたから」
僕はにっこりと微笑む。
不安そうだった彼女もにっこりと微笑んだ。
年のころからして十代半ばだろうか。きれいなヘーゼルの瞳をしている。
光りに透かすと血のような色をした赤毛が気に入った。
「よろしかったら、お庭でお茶をしませんか?」
「よろしいのですか?」
僕は彼女を招きいれた。