蟻と角砂糖
それは何かを確かめあうように。
頬に寄せられた彼の鼻。
擦り寄る姿はまるで仔猫。仔猫の顔した狼。
無言の間に交わされたキスの合図。
現実なのか夢なのか、区別も付かないような眠りから覚めて。
まず見たのは、ソファーに肘を置いてあたしの顔を覗き込んだ彼。
「う…ん?」
寝ぼけ眼をこすって再び彼の存在を確認すると、朝からはっきりとした声が聞こえてくる。
低くて周りの空気が震えるような力強い、彼の声。
「おはよう」
声の後、額に柔らかな感触が降ってくる。毎朝欠かさないおはようのキス。
その行為で今日も始まったんだぁと兎に角体感する。
あたしは朝から彼の優しいキスで感情が高ぶる。
あぁ、唇を合わせたいなあ。
朝から彼の顔を引き寄せて、淫らに貪る。
窓の外の鳥のさえずりしか入ってこないような静けさの中。
わざとらしく音をたてたキスは気持ちいい。
「ほんっと、キス、上手よね。」
テレビの音しかしない部屋で、ほろりとこぼれた一言。
彼はきょとんとした顔をして、缶酎ハイを飲む仕草のまま一瞬動きを止める。
ごくん
彼はそうやって口に含んだアルコールを飲み干してから、真面目な顔をしてあたしの座るソファーに近づいてきた。
「うん?イキナリ何を言うのさ。」
優しい手であたしの髪を撫でながら。
彼の声はいつも優しい。
「うん、なんとなく思っただけ。」
あたしは仰向けになって、ソファーの端に寄りかかる彼をみた。
「そう?ならいいんだけど。」
目が合うたび、微笑む彼。
あたしも笑いかえして、そのまま目をつむる。
時々、思う。
彼はあたしを酔わすことについて天才なんじゃないかって。
髪を触れる手もキスの前の仕草も、タイミングも。
すべてがあたしを魅了して、官能的にさせる。
神経のすべてを唇に集中させてしまうぐらい。
彼は、角砂糖。
あたしは甘い甘いそれに見せられた蟻の一匹。