星空だと愛して
葬式を挙げた次の月には、生まれ故郷の静岡に逃げるように引っ越したのだから、もしかしたらその時を待っていたのかもしれないと後になって思う。
「隠さんでもええんよ」
ばあちゃんは口うるさい人では無かったけれど、そればかりは繰り返し俺に言い聞かせていて。
その言葉ばかりが、今もぐるぐると聴こえ続けている。
田舎の町には高校が無く、結局義務教育を終えてすぐに就職をした。小さな町の工場のおじさんは小さい頃からの顔見知りで、二つ返事で雇ってくれたのだ。
少しだけれど貯金もある。その資金を使い果たす勢いで、ひと月が過ぎた。
引っ越しには金がかかる。引っ越し費やマンションの賃貸料は覚悟していたし、その予想金額と大差無かったから良いとする。だが、少し損をした気になったのが、引っ越し業者に渡したお礼のお金だ。当たり前に五千円を手渡したが、今では珍しいと言われて笑われてしまった。田舎者を晒した恥ずかしさもあったし、その五千円を道に落とした気分になったのだ。
心が狭い、と新しく購入したベッドに倒れ込んで思う。
今迄住んでいた田舎に比べれば都会な静岡で、俺はお隣に挨拶をするか悩み、そしてやめた。引っ越しの時にした失敗が後を引いていたのだろう。
りん、と風鈴が鳴った。越してきて一番に下げた私物だ。ロックとポップの差も分からない俺だ、音楽よりも風鈴の音が正直好きで。一年中下げているものだから、季節感などまるで無い。
俺の、変わっている所を一つだけあげるとすれば、田舎者でも、風鈴好きという事でも無く、体に散りばめられた黒子だと迷いなく答える。
まるで蟲に群がられているような、小さな穴が沢山空いているような、気持ちの悪い体だ。
それは不幸中の幸いで首から下にしか無い。だから長袖の服ばかりを持っていた。
その黒子が俺は大嫌いで、でも俺よりも両親の方が嫌いだったらしい。物心つく前にばあちゃんに押し付けたのだから。
だが恨んではいない。静岡に来たのも良心に会う為では無くて、そこしか思いつかなかったからだ。どこでも良かったのだと思う。
この黒子を、ばあちゃんだけが綺麗だと言った。まるで星空のようだなんて言いながら笑った。
だから俺は、ばあちゃんのいる田舎に居たのだ。ばあちゃんが居なければ居る意味の無い場所だった。
新しく移り住んだこの場所で、俺は俺の体を星空だと言ってくれる人を探すのだ。どう考えてもそんなに綺麗なものじゃないそれを、綺麗だなんて言ってしまえる程に俺を愛してくれる人を探そうと思った。
駅前の大きなファッションビルで初めて半袖のシャツを買い、それは今窓辺にかけてある。
いつ着ようかと考えて、ベッドから起き上がり、それを羽織った。