職業天使。 プロローグ
○天使40042760510号の生前軌跡○
東京の真ん中で生まれて。
小中高と親に大事に育てられ。
有名大学に入り、有名企業に就職するはずが。
何故だか家庭の金銭事情で安いアルバイトに行かされ。
結婚して幸せな家庭を築くはずが。
見合い結婚した妻には尻に敷かれ。
今度こそきちんと就職した会社のエリート部に配属されるはずが。
上司の身勝手な人事異動で夢に終わり。
残業帰りに少し居酒屋に寄ったはずが。
気付けば飲みすぎて寝入って深夜をまわり。
家に帰れば鍵どころかチェーンまで掛かって入れない始末。
結局朝まで玄関で放置され。
中に入れてくれたはいいものの。
妻の第一声が「あんた、どうせ若い女と酒飲んでたんでしょ」。
そんなはずないのに。
ただ居酒屋でイロイロと発散してただけなのに。
勘違いだらけの妻の妄想。
いらいらいらいら。
ストレスで酒まみれの生活がしばらく続いて。
いらいらいらいら。
つい深酒してまた帰るのが遅くなって。
するとある日突然。
目の前に白い紙が。
…『離婚届』。
妻の名前と、赤いしるし。
…離婚?
そして彼女の言葉。
「好きにしていいから。実家に帰るね。出しといて」
俺は悪くないのに。
妻は自分勝手だ。
自分の被害妄想を押し付けているだけだ。
俺はその忌まわしい紙切れをしばらくの間睨んでいた。
でも。
すぐ傍に置いてあった万年筆で名前を書き。
自分の捺印を押す。
後悔はしたかもしれない。
自分の行動に。
その証拠に俺は。
しばらくその紙切れを役所に持って行けなかった。
数日後。
会社でパソコンをいじっていたときに。
ふと。
俺は決心した。
やっぱりちゃんと持って行かないと。
いつもの帰りの時間だと役所が閉まっているので。
今日は早めに職務を切り上げた。
乱雑にまとめられた仕事の資料と。
あの紙切れが入った鞄を抱えて。
会社を出て。
いつもの交差点を曲がろうとしたとき。
ずきんと。
腹の辺りが痛んだ。
…あれ?
視界が急に反転し。
痛い。
痛い。
なんで。
どうして。
なにがあった。
ただ腹部が疼くように痛い。
段々と視界がぼやけてきて。
周りの人たちが騒ぐ声や。
大丈夫かと声をかけてくる人の声も。
なにもかも分からなくなっていて。
ただそんな中で。
俺は心の底から思った。
ああ。
離婚。
しなくて済むのかもしれない。
よかった。
よかったなあ。
そう思う自分を振り返ってみると。
愚痴を叩きながらも。
嫌味を言われながらも。
なにかと面倒を押し付けられながらも。
俺は妻を。
心の底から愛していたのかもしれない。
死んでもなお思う。
離婚届を出さずに済んだと。
自ら夫婦の仲を解くことがなくて良かったと。
作品名:職業天使。 プロローグ 作家名:karigyura