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個性的な影

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『あなたも自分の影を使って自己表現してみませんか?』
 某日、とある大手電気量販店の棚にこんな言葉が現れた。その下にディスプレイされているのは携帯電話のような機械である。
 商品の名前は『フリーシャドー』。
 これは影の形を自由に変えることができる機械なのだ。

 昨今、個性の価値が叫ばれて久しい。若者のみならず、様々な年代の人が自己を主張したがっている。
 そこで目を付けられたのが「影」だった。
 影というものはその生物が生まれてから死ぬまで、ずっと「ほったらかし」にされている。つまり使いようがないのだ。
 小学生の頃、晴れの日に自分の影を三十秒ほど見た後に空を見上げると、青空にその形がくっきり白く映ることを先生に教えられて遊んだ。影踏みという遊びをした者もいるだろう。影を使うといえば、そのくらいのものだった。
 とある科学者は思った。
「これではもったいないのではないか」
 そこで科学者は、持ち前の頭脳で影の形を自由に変えることのできる機械を発明したのだ。その機械には文字を打てるボタンがある。そこに自分の名前と生年月日を打ち込み、自分の影に向けて「発信」のボタンを押す。
 すると、機械の先からレーザーが出て影に当たり、その影は「自分のものですよ」という証拠に登録ナンバーを得る仕組みになっている。これで他人が自分の影を操作することができなくなるのだ。
 そしてまた、機械に動物などの名前を打ち影に向かって発信すると、その影がその形になるのである。
 世界初の影変化機、『フリーシャドー』は一気にメディアに取り上げられた。まず飛びついたのは、十代二十代の若者である。
 若い人間は刺青やドクロの絵が描かれたTシャツなどで個性を表現する。フリーシャドーもそういった感覚で使われ始めていった。
 人間の内面というのは大雑把に分けると、A面とB面に分かれている。会社や学校では周りに合わせた顔を作っているが、それだけでは表現できない自分がある。協調性を見せている自分がA面で、隠された部分がB面である。
 若者は、このB面を表現したがっていた。フリーシャドーはそれにうってつけだった。
 ある者は自分の影を虎に、ある者は龍に変化させた。ドクロのTシャツを着て、影をおそろいにする者もいた。
 影を変化させたまま学校に行った学生などは不良扱いを受け、職員室で厳しく指導された。
 フリーシャドーを使用している男女の交流も始まった。「いい影の女だな」と思ったら、正面の顔を確認してからその影を片足でトントンと踏むのがナンパの合図になっていった。
 女性に人気の影は天使やハートマークである。だが、ハートマークの女は「ナンパしてほしいのではないか」と男に誤解させた。
 このフリーシャドーが広まりを見せた頃、平凡な絵では物足りないと、シャドーデザイナーやシャドーイラストレーターが現れ始めた。発売元のメーカーはそれらの絵をフリーシャドーにインプットさせたので、街に現れる影はだんだんとその芸術性を高めていった。
 そうすると、次第に『シャドーアート』なるものが発生する。各地のショー会場では、スクリーンに映し出された女性や男性モデルの影について評価し合った。
 フリーシャドーを発明した科学者は、飼い猫ブリジット専用のフリーシャドーを用意した。『ブリジット』という名前はフランスのセクシー女優、ブリジット・バルドーから拝借している。フリーシャドーに「ブリジット」という名前と適当な生年月日を打ち込んで登録する。そしてブリジットの影に向けて発信すると、それは色っぽい女性の裸体に変化した。
 艶やかな黒毛のブリジットは、その影をくねくねと揺らしながら歩く。科学者はそれを見て「うほっ」と笑い、顔をにやけさせた。人々も科学者と同じことを考えたらしく、犬や猫の影を様々なものに変えていった。
 そしたらその行為を、動物愛護団体が「動物虐待だ」と訴えた。
 科学者は我ながら、おかしな時代になったものだと不思議な気分になっていた。
作品名:個性的な影 作家名:ひまわり