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八十 八重歯
八十 八重歯
novelistID. 10722
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慟哭さえ 紛れて

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あの時のことは良くは覚えていない。夜しか歩かないし、おなかがペコペコで考える元気もなかったから。ただ、手を繋がれて、家族親戚でとにかくだらだらと歩いていた。夜歩くのは、砲弾の音がしないからだけど、砲弾が僕らの方へ着地するのか、遥か頭上を越えてゆくのか、音を聞けばわかったし、だからこっちへ落ちそうなら逃げれるかというとそうでもないんだけど、よく解らない。何となく砲弾の音が止む夕方過ぎてから宛があるのか無いのか、お爺さんについてみんなとぼとぼ道や野原を歩き出してた。昼間は、砲弾もそうだけど、鉄砲や飛行機からの機銃も飛んできた。お爺さんを囲むように森の中でほとんどじっとしているんだけど、「逃げろ。」と声が響けば、そこらの草むらに投げ込まれたり、機銃は動くとやられてしまうから、それこそ息を立てずにて動かないようにしないといけないんで、息を殺せば、殺すほど、息の音は耳元では却って大きく響くような気もして、どきどきしてもう疲れちゃった。急に、「静かにじっとして居ろ。」って言われてもうまくできないよ。たまには、アメリカの兵隊とも出くわしたりする。不思議なのは、遠くから兵隊が見えてやがて近くなると、抱えている鉄砲でこずかれてあっちへ行けといわれるだけなのに、急に出会うと殺されることもあるんだ。先週はお墓の傍で一番上の伯父さんがアメリカの兵隊に殺されちゃった。なんでも隠れているお墓からでるときに、上の道を歩いていたアメリカ兵と目が会ってしまってそれで殺されちゃったらしい。お墓の中で、隙間から、撃たれるのが見えたけど、じっとしているしかなかったって。でも、遠くの方から見つかってもあっちへ行けってわれるだけなのに、とっさに見つかると鉄砲で殺されるって何だろう。そういう死に方って、シークヮーサーにしがみついているのを見つかったら殺されていたカミキリムシに似ている気がする。「あいつらは、卵を産んで、シークヮーサーを枯らしてしまうんだ。見つけたら首をちょんぎってしまえ。」って、お爺さん言ってたけど。同じシークヮーサーでもてっぺんの方にしがみついて容易にとれないやつは「まあいいや。」って、放って置かれた。てっぺんっつったって、精々高い大人と同じぐらいのシークヮーサーで、カミキリムシにしてみれば、木のてっぺんにたかろうが、下の方にしがみつこうがあまり違いがあるとは思えないはずなのに、この、何の気ないわずかな違いで殺されたりしていいのかなって思うよ。伯父さんの殺され方は、これに似ている。カミキリムシと同じように殺されたんだ。

自分の家に居るときは、まだ食べ物があったから良かったけど、歩き出してからは、ほんとにきつい。ときどき日本の兵隊さんも、「自分は、祖国を守る身でありますが、空腹でなりません。」って、お芋など貰いに来ていたもの。若いのに食べ物がなくてふらふらしながら、泣きそうな目をして来たら、伯母さんたら、やさしいからときどき奥からお芋出してあげてた。裏の井戸端の村長さんの所は、兵隊さんの御偉いさんが泊まっていて、外からわかるぐらいのお芋やお米や野菜が積んであって、夜になると、お酒を飲んで大声を出したりしていたけど、どうして、お腹の空いた若い兵隊さんに分けてあげないんだろう。
それにしてもこんな逃げ出すなら戦争なんかしなけりゃいいのに。日本が負けるわけは絶対に無いってお爺さんいってだけど、一度、お爺さんがお庭で火を起こしてお芋の入ったお汁を作っていた時、炭火をじっと覗いていたお爺さんが、言ったのを聞いたもん。「勝てんな。 死なんといかん理由なんてあるんじゃろうか。」 日も暮れかかったころ、何も言わずにしばらくじっとしていた爺さんの目が、炭火に吸い込まれて暫くたって、あの時、ぽろっと、つい、呟いてしまったに違いないんだ。後ろに、僕が座っていたのを忘れていたんだ。きっと。慌てて、「もうお汁ができるからって、皆に伝えて来い。」って言ったけど、薄暗がりの夕方で姿が紛れた僕を忘れた爺さんの本心だったと思うなぁ。

毎日、毎日夜とぼとぼとぼとぼ歩くんだけど、何処に行くつもりなのか分かってんのかなあ。すれ違う人も多いし、皆ただだまって歩くけど、反対方向に逃げる人も居るって、どうなんだろう。吉田君と今日すれ違ったけど、吉田君は、北部に親戚が居るからそこに行くって。吉田君のお母さん、お魚を売っていたたらいに荷物積んで、頭にのせて歩いていた。吉田君は、「南がよけい危ないって聞いたから、気を付けてください。」って僕に小さく言ってた。何処もかしこも無いような気がするなぁ。吉田君は、僕より小さいけど、僕より大きな荷物を担いで居た。僕も、負けないように、荷物もっと持つことにしよう。今日歩き始めたころ、おばさんが倒れてて、小さなこともがそのお乳吸ったりしてそばに座っていたけど、大丈夫なのかなあ。おばさんは目もつむって、死んでんのかもしれない。「何、つたっている?早く来い。死にたいのか。皆、自分の家族で精いっぱいなんだよ。」って、いきなり大伯母さんに腕をひっぱられた。伯母さんがあんな大きな声だすなんて見たことないよ。ぞうりも擦り切れて、ずたぶくろから靴をだしたけど、痛くてしょうがない。手押し車も壊れちゃった。荷物をみんなで分担して持ってるけど、お芋がもうほとんど無いよ。どうすんだろう。あきちゃんも昨日まで歩いていたけど、歩けなくなっちゃって、小さい伯母さんがおんぼしなくちぁならなくて、お母さんと荷物のことで喧嘩してた。お爺さんも、疲れたのか、知らんふりしてたもんなぁ。お父さんや伯父さんもどうなってるんだろう。お国のためって、勝たなきゃ、帰って来れないのかなぁ。皆そんなこと、考えたくも無いように口を聞かない。お腹も空いているんだけどね。
作品名:慟哭さえ 紛れて 作家名:八十 八重歯