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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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さざれ波



「……ったく!!」
 ブツブツと怒りながら、慎太郎が便箋に向かって文字を書……ペンで頭を掻いている。
 三月に入ったばかりの金曜日の午後。ここは航の部屋である。
 奏がアメリカへ旅立って一ヵ月後、手紙と詞と譜面が航と慎太郎のそれぞれに送られてきた。手紙は個人に沿った内容で、詞と譜面は同じ物が各々宛に送られて来たのだ。その後、二週間毎に同様の物が送られて来ていたのだが、三月最初のエアメールは少し違っていた。
「ある意味、自業自得ちゃうん?」
 航がケラケラと笑いながら、慎太郎が持って来た分厚い封筒を開けている。
「手紙なんて、何書きゃいいか分かんねぇしっ!」
 折りたたみ式の小さなテーブルの前でイライラする慎太郎の向かい側で、航が封筒の中の一筆箋を取り出した。
【よろしくね♪】
 文字通り、一筆書いてある。語尾の音符が不似合いなくらいの整った字は奏のものに間違いない。
「それっきりで後は全部、詞と楽譜だぜ!?」
「……やろーな……」
 笑いながら、航が自分宛に届いた今回の手紙をテーブルの上に置いた。
 薄い封筒には便箋が三枚。
【航くん
  元気ですか?
  慎太郎共々、カゼなどひいていませんか?
  僕は相変わらずドナー待ちです。
   ……………………
  ……って事で、慎太郎が一向に手紙をくれないので、
  詞と譜面は全部慎太郎の方に送る事にしました。
  イヤなら……】
「イヤややったら、手紙書いて下さいってさ」
 三枚目の便箋をヒラヒラさせて航が笑う。
 そう。航には手紙オンリーのエアメールが届き、慎太郎には詞と譜面オンリーのエアメールが届いたのだ。
「だ〜か〜ら〜! 筆不精なんだってばよ!」
「そー書けばえぇやん」
「“書けばいい”ったって……」
 “筆不精です”って、一行で終わりという訳にはいかない。
「やったら、“元気か?”とか、学校の事とか」
「学校の事? んなの読んで面白いか?」
「“今日の石田”とかやったら、十分に面白(おもろ)いと思うけど?」
 自分の提案に、航がクスクスと笑い出した。
「毎回“石田”って変じゃね?」
「変とか言うてられへんのちゃうん?」
 このままだと、毎回、譜面の束が送られてくることになってしまう。
「あ!」
 パラパラと譜面を見ていた航が声を上げた。何事かと慎太郎が覗き込む。
「これ、こっちの詞とセットやてさ」
 そう言いながら、譜面の左上の星マークと同じ印のついている詞を並べてみせる。
「【詞は所々不安要素あり】って……」
 ピラッと詞の記してあるレポート用紙を慎太郎の目の前に差し出す。
「ふーん……」
 それを受け取り、ジッと見詰めていた慎太郎が、ふと何かを思い出し突然立ち上がった。
「何?」
 勉強机の椅子を反転させて座っていた航が、背凭れに両腕を乗せたまま慎太郎の動きに合わせて椅子を回す。
「……確か、このノート……」
 呟きつつ、航の机に立ててあるノートの中から慎太郎が一冊抜き取った。
「勝手に取んなや!」
 航が手を伸ばすが、ヒョイとよけてそのまま元のテーブルに戻っていく。
「……“空を見上げて”……」
 奏の詞を呟きながら、慎太郎が航のノートをパラパラとめくっている。やがてその手が止まり、手紙を書いていた筈の便箋に奏と航の書き記した言葉が組み合わされて綴られていく。
「シンタロ……」
 脇目も振らずに書き続ける慎太郎に声を掛けてみるが、すぐ隣で呼んでいる筈の航の声は届かないようだ。
「俺、ヒマやん……」
 口を尖らせた航が、テーブルの上の星マークの譜面を覗き込みながらギターへと手を伸ばす。慎太郎は譜面を見ながら言葉を並べ替えるのに夢中だ。“ふぅ”と溜息をついた航が、静かに弦を弾き始めた。
「……三……ちゃうな……。六拍子や……」
 届かぬ想いを遠くへ届けるかのような、広がりのある旋律。
「奏……、淋しいんかな……?」
 決してマイナーではないコード展開だが、どことなく切な気なメロディーに慎太郎の手元を覗き込む。
「シンタロ……」
 声を掛けてみるが、返事はない。それだけ集中しているという事なのだろう。カツカツと響くペンの音と並行して、時々聴こえてくるハミングの声が心地良い。
「……勉強もこれくらいやれば……」
 呟きながら奏でる曲。航自身、既に譜面は見ていない。一度通してしまえば、全て頭に入るのだ。
「もうちょっと、成績上が……」
 何気に口から出た言葉を遮るように、
“パコッ!”
 丸められたノートが航の頭を直撃する。
「痛っ!!」
「全部聞こえてんだよ!」
 “悪かったな!”と睨みつつ、慎太郎が書き上がった詞の書かれている便箋を航に差し出した。
「とりあえず、こことここの言葉尻が音と合わねーかなって感じ?」
 譜面と歌詞を交互に指差しつつ、慎太郎が問題の箇所を口ずさむ。
「……確かに……」
 頷いた航が即座にメロディーを弾き、旋律を直す。次の音への繋がりと詞との繋がりを考慮して二・三通りの音を出し、二人で確かめ合って、決定するのだ。
「これ……さ、シンタロ……」
 出来上がった新曲を弾きながら航が慎太郎を見上げる。
「奏に聴かしてやりたいな」
 なんだか切ない六拍子の曲。きっと抱いている想いは同じだと感じるから、今年になってから出来た曲とこの曲を遠く離れている奏の元に届けたい……。
「……そうだな……」
 頷きはするが、手段が思い浮かばない。家にある物で録音機能の付いているものというとミニコンポくらいだ。いつも通り演奏して録音したとして……。どう考えても音が割れる。
「藤森先生って、まだ桜林に居てるんやんな?」
 考え込んでいた航が思い出したように顔を上げた。確かに、藤森宅なら何かしら機材がありそうだ。
「どーせやったら……」
 ギターの手を止めた航が意味あり気な瞳で見詰めてくる。それを受けて、慎太郎がピンときた。
「ライブか?」
「うん!」
 藤森父は録音のプロだが、藤森母は演奏のプロであって録音のプロではない。音に対しての不安があるのなら、いっその事、映像を付けて誤魔化してしまえ! という訳だ。
「ライブしてる俺らが撮るわけにはいかへんから、藤森先生にビデオ回してもらえへんかな?」
「連絡、いれてみるか」
「うん!」
 出来たばかりの曲をテーブルに置いて、航が携帯を開いた。

  
 突然の申し入れにも拘らず、藤森母は快諾してくれた。ただ、曲の方が出来たばかりで少々不安なので今回は見送って、来週のライブをビデオに撮ってもらう事になった。
「その前に、学年末テストでしょ?」
 夕食をとりながら、半ば呆れたように飯島母が笑う。
「そうなんだけどさ……」
 途端に口籠る慎太郎を見て、
「ライブの事は楽しそうに話すのにねぇ」
 クスクスと母は笑いが止まらない。
「っさいな!」
「でも、いいなぁ」
 お茶を一口飲んで、母が慎太郎を見る。
「なんだよ?」
「奏くんのお母さん、ライブ見れるんだ……」
 なんだかんだで、息子の演奏を一度も見ていない母が拗ねる。
「……来りゃいいじゃん……」
 必死に食事をとっている…フリをして、慎太郎がボソリと呟いた。
「いいの!?」
 母の顔がキラキラと輝く。
「ただし! 黙って見てろよ!」