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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 忠左衛門が苛々とした口調で手を伸ばすが、鈴はいやいやをするように首を振るばかりであった。少年が心配そうに鈴の顔を覗いている。
「………お鈴ちゃん、渡しちっまえよ」
「だれ?」
 名を呼ばれたことに驚いた。涙目のお鈴が訝しげに聞いた。同じくらいの歳に見える。だが、村の子供ではない。お鈴の知らない顔であった。
「さっさとそんな関係ないもの渡しっちまえ。おめぇまで殺されっちまうよ」
 だが、鈴は取り囲んだ侍達を睨みつけたまま、口を開かなかった。
「お鈴と申すか。こやつの言う通りじゃぞ。そんなものを持っていてもおぬしには何の役にも立たぬ。一文にもならぬわ」
 忠左衛門の眼が光った。その目に鷹は思わず首を竦めたが、鈴は瞬きもせず忠左衛門を激しい怨みのこもった目で睨んでいる。
――なんで、おっ父とお母ァを、殺した………
 鈴が精一杯の声で叫んだ。その甲高い声はその場にいる全員の耳に両親を殺された娘の怒りとして届いた。その激しさにすぐ右に立っていた中年の男が一旦構えを解くと、やりきれなく舌を鳴らした。
 忠左衛門が、鷹の目の前に槍を突き出し、動きを封じたまま、再び殺せと顎をしゃくった。目の合った先ほどの若い侍が、気を取り直して槍を構えた。穂先はお鈴の胸に向けられている。お鈴が槍を構えた侍をたじろがせるほどの眼力で睨みつけた時だった。後ろから鋭く回転した錫杖が飛んできて若者を吹き飛ばした。
「大の大人が、年端も行かぬ娘に槍の穂先を向けるとは、大人気のないことだと存ずるが?」
 六尺近い大きな山伏の地を揺るがすような声に、刺客等は思わず後退りしてしまった。しかし、声の張り具合や見た目は若い。二十代前半のようである。その山伏はゆっくりと歩いて来るや、転がった錫杖を拾い上げた。その所作は、無防備に見えて隙がない。
「ここは我等が修業する霊山じゃちいうに、だいぶ血で汚したようでごわんどな」
 どの穂先もまだ血で濡れているのを見て山伏姿の男は、鈴と鷹を背に庇い、忠左衛門等を穏やかな目で見渡した。他人事のように惚ける言い回しに馬鹿にされていると思ったのか忠左衛門がすっと穂先を山伏の目前に突き出した。
「おぬしは実の修験者か? だいぶ腕に覚えがあるようじゃが」
 頭目が顔を左肩に顎を乗せるように低く半身になって十文字槍を中段に構えると、さっと配下の五人も山伏を取り囲んだ。
「宝蔵院流槍術のようでござるな」
「確かに! 宝蔵院流神谷道場師範神谷忠左衛門、お相手いたす。霊場英彦山をおぬしの血で清めてしんぜよう」
「血で清めるとは、面妖な物言いでござる。じゃっどん、その構えでは兎も捕まえられそうにござらんな」
 不敵に笑う山伏に対し、挑発された直近の男が気合と共に山伏の左横から槍を突き出した。
「キィエーイィ」
 叫び声に似た掛け声が英彦山に木霊した時には、先に槍を突き出した方が頭を押さえて仰向けにひっくり返っていた。そのまま悶絶して泡を吹いている。鷹が不安そうにその侍の顔を覗き込んだが、大きな瘤を作っただけで、死んではいないが完全に白眼を剥いている。鷹が安堵した顔で山伏を見上げると山伏も飾り気のない笑顔で鷹に頷いてみせた。
 山伏は右手で錫杖を自然に振り上げ、左手を軽く添えた大きな構えに戻した。顔が微笑んでいるように見えるのが、不気味であった。
「蜻蛉の構え………示現流。薩摩の間者か!」
 神谷忠左衛門は一歩退いて構え直した。配下の四人も忠左衛門に従った。
「示現流を使う者が、皆薩摩の間者じゃチいうのは、ちっとばかり早計にござろう」
 ひどくのんびりした口調である。その態度に刺客等は焦れ、頭に血が上った。
「示現流と勝負する時には、初太刀を外せ!」
 忠左衛門は、自分の門弟等に向かって戒めた。示現流は、初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける先手必勝の鋭い斬撃が特徴である。そのことを忠左衛門は知っていた。
「雲に稲光がすることを雲耀と申す。雲が輝くと書くのでござれば、この早さは尋常ではござらん。我が流派では、雲耀の如く髪の毛一本でも早く撃ち下ろせと教えられてござる。初太刀を外せとは、その通りじゃっどん、おぬしらに初太刀がはずせるか試してみっがよか」
 山伏は、袈裟がけに一人を錫状で撃ち据えると、神速の早技で二人目に逆袈裟で撃ち据えた。肩の骨が砕ける音が瞬時に二度、聞こえた。思わず鷹は、足が震えた。鈴の手も鷹の纏った毛皮をしっかり掴んで離さない。
 忠左衛門は、構えを変えながら間合いを詰めていった。
「ただの修験者では、あるまい。名を名乗れ」
「修験者に、只も値札もござらぬ」
 山伏の若者は、蜻蛉に構えたままである。
「戯言を言うな! おぬしには関係のないこと。我等もその娘が手にしておる書状さえ貰えば、引き下がる。無用な争いは好まぬでな」
「面白かことを申される。無用な争いを好まぬものが、武器も持たぬ山の民を殺すのでござろうか。それとも侍以外は人ではないとでも思ってござるのか」
 山伏の穏やかな声に、尖っていた鈴の心が徐々に落ち着いてきた。不思議な感覚だった。しっかり抱き合っていたお鈴と鷹もいつの間にか体を離して山伏の男の背中を見詰めていることに気付いた。あの鬼の様な忠左衛門が必死な表情をしている。恐ろしくてたまらなかった忠左衛門等が、僅かな間にさほどでもなくなっていた。それほど若い山伏の技量が高いということなのかもしれない。
 忠左衛門が虚をついて山伏の喉を突こうとした。すぐさま、甲高い気合がして山伏の錫杖が振り落とされ、槍の柄を折っていた。山伏の次撃に備え、忠左衛門は折られた槍を放り投げるや、転がるように後ろへ跳ぶ。
「さすが、師範でござる。逃げるのも上手いもんじゃ。よう躱しンさった」
 忠左衛門は、すぐに腰の刀を抜き青眼に構えた。剣もなかなかの使い手のように見えたが、肩で激しく息をしていた。だが、山伏の攻撃に殺気がなかったことが鈴にも忠左衛門にも伝わっている。お鈴は、それが不満であった。
「父ちゃんと母ちゃんの敵なんだよ。あいつを殺して!」
「敵とは、難しい言葉を知っとる娘さんでござるの」
 山伏は、お鈴をはぐらかすように振り向いて笑った。山伏の笑顔は、頑なに成りかけていたお鈴の調子を狂わせた。その隙に、忠左衛門は残った二人の侍と顔を見合わせると、捨て台詞も吐かずに倒れた仲間を引き摺りながら、その場を去って行った。

 鈴は、つい今朝方まで親子三人で暮らしていた杣小屋に仙吉と絹を連れて帰った。山伏が二人を軽々と担いで運んでくれた。狭い部屋だと珍しそうに小屋の中を見廻す鷹の頭を軽く山伏が小突く。
 その小屋の隣に、鈴は両親の墓を作った。鷹も山伏も手伝った。山伏が念仏を上げてくれたが、修験者らしくない怪しい節回しであった。
「偽山伏の兄ちゃん、ありがとうな」
「まだ礼を言うのは早ようござるよ。それがしもついお節介の虫が出てしもうたが、このままでは立ち去れぬのう」
 修験者が一瞬見せた困った顔を鷹は見逃さなかった。
「兄ちゃんも優しいんだね。追われていたお侍さんも皆殺されちまったし、諦めてくれるといいんだけどね」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介