終わってしまった話の、
あの人の目が私を見るたび、理由もなく恐ろしくなり、逃げて、逃げて、逃げました。
でも、やがて気づくのです。あの人と私は似ている。だからこそ、お互いを忌み嫌うのだと。
私はあの人のように、相手を傷つけたいとは思いません。ただ、逃げたいと思うだけ。抑えきれずに相手を傷つける前に、逃げて、自分を守るだけ、です。それはきっと、間違ったことなのでしょう。
でも私は、貴方のように強くないから。そうするしかなかったのです。
あの人は、逆です。相手を傷つけて、自分のことなど省みない。ぱっと見ただの我儘のように思われるかもしれませんが、私はそう思いません。きっと、あの人は私と同じで、弱い人間だった。それだけのことでしょう。弱さは時に破滅を招きます。彼は自分で自分の首を絞めてしまいました。
今でも思い出します。彼の拳が私の体を打つ時、苦しそうに顔をゆがめる彼を。ああ、おかしい。殴られている間、私は笑うことしかできませんでした。声を出して、がたがたと体を震わせながら、ただ笑って。そんな私を、彼は泣きそうな顔をして見ていました。
どこで間違えたかなどわかりません。私も彼も、その答えを見つけられないまま、ついに今日を迎えてしまったのです。
どちらが言い出したのかは、よく覚えていません。
ただ、夏だから花火をしたくなったのです。だから、近所のコンビニで花火とライターを買って、公園へ行きました。誰もいない夜の公園で、線香花火をつけて、静かに二人で楽しんでいました。ふと彼を見ると、楽しそうに微笑んでいました。このままだったらいいのにと思ってしまうほどに、穏やかなひと時だったのです。
花火を片づけてマンションに戻る途中、彼は上機嫌でした。嬉しそうに、また花火をやろうと言ったので、私もそれに頷きました。彼が楽しいなら、私はそれだけで良かったのです。いや、もっと言えば――彼が上機嫌なら、私に被害は及ばない、から。こんな時でもそんな思考の働く自分が嫌になりましたが、生存本能には所詮逆らえません。
階段を上って、部屋のドアを開けた時でした。突然私の携帯電話が震えだしたのです。小刻みに、何かを訴えるかのように。彼は気づいていなかったようなので、メールを読んでみると、彼のことについてでした。何度も何度も送られてきた、いっそ脅迫ともいえるその文面に嫌気がさして、私はメールを削除しました。
そしていつものように携帯を彼に取り上げられ、踏みつぶされ、もう何とも感じなくなった心をどうしようか考えていた時、開きっぱなしだったドアから入ってきたナイフが、彼を、刺しました。
呆然としているうち、そのナイフは地面に落ちました。そして、動けないでいる私を、ナイフの持ち主は黙って抱きしめました。
救急車を呼ぼうとしても、その人は私を離してくれません。
ああ、この血だまりに落ちる涙は誰のものなのでしょう。
私? それとも――救われない、貴方?
作品名:終わってしまった話の、 作家名:如月有樹