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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 屋敷の屋根のあたりでなにかが微かに輝いた気がする。あまりに一瞬で気づく者などいないだろう。それはレンズの反射だった。
 屋根裏部屋の小窓から双眼鏡を覗かせていた克哉。会話は聞こえなかったが、一部始終を見ていた。美咲が短刀を美花に手渡した場面もだ。
「さて、と。どうしたもんかな」
 屋根裏部屋を静かに歩き、足下に書かれた数字を確認すると、克哉はそこにある穴を覗いた。穴の真下は当主の間だ。
 車椅子の静枝。そして、もうひとりの女が部屋にいた。慶子だ。
「美花さんが帰ってきたんですって? まだ会ってないのだけれど、どこに行ったのかしらねぇ」
「さあ、もう二度と会えないかもしれないわ……うふふ、きゃはは」
 壊れた笑い声が響く。
 ふっと慶子が天井を見上げた。
 胸を鷲掴みにされるほど驚いた克哉だったが、その場を動かず穴から眼を離さなかった。今動いては危険だ。
 すぐに慶子は顔を下げた。
「気のせいかしら……それとも鼠かしらね。この屋敷には珍しい」
 そして、慶子は部屋を出て行く。
「美花さんを探してくるわね」
 ひとり部屋に残された静枝が、しばらくしてから天井を見上げた。静枝は克哉の存在を知っている。だが、何事もなかったように顔を下げた。
 ほっと溜め息をつく克哉。
「そう言えば腹が減ったな」
 安心して腹が空いてきたようだ。時間も頃合いである。
 克哉は別の覗き穴まで移動することにした。今度は台所だ。
 覗く前から美味しそうな匂いが香ってきていた。煮物だろうか、醤油の香りがする。
 台所では菊乃と瑶子はいつものように働いていた。日常どおりの行動。特に変わったことはしていない。指が五本ある腕をぶつ切りにしているいつもの光景。少し違うとしたら、配膳が一人分多いことくらうだろうか。
 白米と味噌汁と山菜、それに謎の生肉を菊乃はおぼんに乗せた。そして、それが当然というように勝手口から出て行く。
 その背中に瑶子が声をかける。
「ちょっと待ってください!」
 味噌汁を揺らさずに菊乃が振り返った。
「なんでございますか?」
「これもお願いします」
 おぼんに瑶子は柿を乗せて、にっこりと笑った。
 と、思ったらすぐに瑶子は不思議そうに首を傾げた。
「あれ? いつもより多くありません?」
「…………」
 返事をせずに無表情のまま菊乃は勝手口を出て行く。
 向かう先はどこか?
 菊乃は鳥居をくぐった。
 向かう先は祠だ。
 祠の入り口で菊乃は足を止めた。
「お食事をお待ちしました」
 と、声をあげてからおぼんを地面に置くと、早々に立ち去る。
 菊乃の背後に気配がした。
 陶器が微かにぶつかる音。
「少ない」
 不満そうな幼女の声。
 菊乃が振り返るとるりあがおぼんを持って立っていた。
「そうでございますか、ならこれで」
 隠し持っていた梨を菊乃はおぼんに乗せた。
 仏頂面だった幼女が、無邪気に笑って祠の奥へ姿を消す。
 微かだが菊乃は微笑んだ。
 そして、何事もなかったように屋敷に戻っていくように思われたが、足が止められた。
 菊乃の顔が向けられた先には美花が立っていた。
 近づいてきた菊乃に気づいて顔を上げた美花。その瞳は潤んでいた。
「……菊乃さん」
「どうかなさいましたか?」
「いえ……なんでもありません」
「もうしばらくすると夕餉(ゆうげ)になります。それまでお部屋でお休みになられては? 部屋は昔となんら変わっておりません、もうお入りになられましたか?」
「……いえ……夕餉……えっ」
 美花は明らかに言葉を詰まらせて見せた。
 この屋敷の出来事を菊乃は見てきた。姉妹の殺し合いも何度も目にしてきただろう。当主の間の前の廊下に控えていた菊乃は、逃げる美花と追う美咲の姿も見ていた。
 にも関わらず、菊乃は何事もなかったようにしていた。夕飯の準備をして、部屋で休むことを勧め、殺し合いなどないように淡々としている。
 美花が眉尻を下げて尋ねる。
「夕飯はやはりお姉さまもいっしょなのでしょうか?」
「はい、昔も家族三人で食卓を囲んでいたではありませんか?」
「菊乃さんはご存じなのですよね? わたしとお姉さまがどのような関係にあるか?」
「はい、一族の仕来りでございますから」
 菊乃の声にも表情にも、感情が伺えなかった。
 美花は背筋をぞっとさせた。
「知っていて……今日は自室で夕食をとります。部屋まで案内していただけませんか?」
「かしこまりました。では美花様のお部屋まで」