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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 だとしたら、役立たずの自分が余計にもどかしい。過去にも同じことをしていたはずなのに。
 そうだ、菊乃は瑶子が?本調子ではない?と言っていた。
 記憶を失う要因があり、それによって目覚めても調子が悪い。その要因を知りたいと瑶子は思った。尋ねるとしたら菊乃か静枝の二つしか選択肢がない。話しやすいのは菊乃だが、過去に似たような質問をしたときも、具体的な答えは得られなかった。
 静枝はどうか?
 菊乃が具体的に答えない答えを、主人たる静枝が答えるだろうか?
 それに瑶子はなぜ静枝に尋ねることが怖かった。
 怖いというのは畏怖、もしくは恐れ多いとでもいうのか、静枝に尋ねることはなぜか躊躇われるのだ。
 瑶子は考えることをやめた。
 休めと言われたのだ、部屋でじっとして心身を休めることにした。
 必要最低限の家具しかなく、部屋での楽しみはとくにない。けれど、瑶子はじっとしていることが嫌いではなかった。
 まるで悟りでも開くかのような瞑想に近い状態。
 部屋と一体化するように、ただじっとなにもせずに気配すら消す。
 ゆるやかに時間が流れた。

 翌日になり、まだ蜂のことを引きずっていた瑶子は、外に出ることをためらっていたが、午後になり決心をした。
 本当は近付くのも嫌だ。足がすくんでしまう。けれど、菊乃からは駆除したと聞いている。この目で確かめなければ、いつまで経っても恐怖に苛まれたままだ。
 昨日と同じ道のりを歩む。
 工事現場で足を止めた。
 やはり昨日よりも工事が進んでいる。
 瑶子はさらに先へと進んだ。
 動悸がしてくる。
 耳を澄ませば羽音が聞こえてくるような気がする。
 足が震えて思うように動かない。
 これ以上もう歩けない。
 瑶子は立ちすくんでしまった。
 また蜂に襲われたら今度こそ駄目かもしれない。
 足がすくんで逃げることもできないのだ。
 そっと瑶子の手が温かさに包まれた。幼い小さな手だ。小さくともとても心強い。るりあの手。
「るりあちゃん」
「…………」
 るりあは口を閉ざしているが、その気持ちはちゃんと伝わってきた。
「ありがとう、心配してくれてるのね」
「…………」
 つんとるりあはそっぽを向いてしまった。けれど、その頬は少し赤く染まっていた。
 歩み出す瑶子。
 あの場所に蜂の巣はなかった。
 安堵感で全身の力が抜けそうだった。
 気持ちも晴れやかになり、足を弾ませながら瑶子はるりあと手を繋いだまま、この場をあとにした。
 屋敷の中へ戻ろうとしていると、るりあが遠くを眺めた。
 庭よりも遥か先、屋敷の敷地外に微かに見える人影。
 急にるりあは瑶子の手を振り払い駆け出してしまった。
「あっ」
 瑶子は小さく声を漏らしただけで、また追いかけることができなかった。るりあは一度駆け出すと、あっという間に消えてしまうのだ。
 るりあのとこも気になったが、それ以上にあの人影が瑶子は気になって仕方なかった。
 垣根は高く侵入者を拒むように見えるが、目は荒く外からも中からも互いにようすが伺える。
 瑶子が垣根に近付いていくと、その青年は明らかに敵意を持って睨みつけてきた。
「どうかしましたか?」
 瑶子は笑顔で尋ねた。
 けれど青年の表情は変わらない。
「おい、弟さどこにやったんだ!」
 突然怒鳴り掛かってきた。
 瑶子はなにがなんだかわからない。
「はい?」
「弟さどこやったか聞いてるんだ!」
「なにを言われているのか、よくわかりませんが?」
「おめぇ、この家のもんだろ!」
「はい、この屋敷で奉公人をさせていただいている瑶子と申します」
 さらに青年の顔つきは憤怒し、垣根を掴んで揺さぶってきた。
「おめぇが瑶子か! この尼、弟を返せ!!」
「何か勘違いか人違いをなれてるいるのでは?」
「弟をたぶらかして、弟は……弟は……」
 急に青年は歯を噛みしめて涙を流した。垣根を掴んだまま、力が抜けていき、地面に両膝をついた。
 瑶子は背を低くして青年を見つめる。
「大丈夫ですか?」
「おめぇに心配なんかされたかねえ。そうやって弟のことも騙したんだろ!」
「ですから、なにを言われているのか……」
「弟は毎日に毎日おめぇに会いに行ってたんだ。おらがもうよせと言ったのも聞かねぇで、あいつ……弟を返せ!」
 垣根の隙間から青年の手が入ってきて、瑶子の服を掴んだ。
「きゃっ、なにを!」
「弟をどうした! やっぱり……やっぱり……もう……殺されちまったのか!」
「えっ!?」
「弟を弟を返せ!」
 両の手で服を掴んで青年は激しく揺さぶった。
 瑶子は恐怖した。
「いやっ、やめてください!」
「殺してやる!」
「ですから、なにを言っているのか、もうやめてください!」
 瑶子はどうにか青年の手を振り払ってその場を離れた。
 青年は垣根の向こうで喚き続けている。
 恐怖を背にしながら瑶子は屋敷の中へと逃げ込んだ。