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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 まだ廊下に尻をついていた美花に菊乃が手を貸した。
「夜はご自分のお部屋を出ることをお勧めいたしません。お部屋までご案内いたします」
 出るなと言われても、居たくてこんな場所にいたわけではない。自分の部屋に戻ることも不安だ。
 立ち上がった美花はその場から動くことができなかった。
「部屋には戻りたくありません」
 菊乃は無言で美花を見つめた。美花が何も言わなければ、ずっとその瞳で見つめられていそうだ。
「部屋には戻れません。お姉さまが……お姉さまに会いたくありません」
 菊乃から問うことはないのだろう。必要最低限の質問だけに答え、自ら相手に問うことはしない。菊乃はただじっと美花を見据えている。
 美花の喉の奥に詰まっている言葉。
 言わないのならば問わない。菊乃は歩き出そうとしていた。
「お部屋までご案内いたします」
 行燈で照らされる廊下。
 美花は歩けなかった。
「……お姉さまはわたしを殺そうとしています」
「知っております」
 やはり、そのような大事が屋敷内で行われることを、屋敷の住人たちが知らされてしない筈がなかった。
 美花は強く手を握り締めた。
「わたしはそんなことをしたくないのに。助けてください、助けてくださいお願いします」
「それはできません。わたくしが邪魔をすることは許されておりません。ただし、必要な物があればなんなりとお申し付けください、簡単な武器ならばすぐに調達いたします」
 敵でも味方でもない。かと言って中立と呼ぶのも適切でないように感じる。
 ただ美花は孤独だった。
 顔は無表情なままなのに、菊乃が慌てたように美花に駆け寄った。
 轟々と風が叫ぶ。
 次の瞬間、戸が破壊され黒い風が封印された部屋から飛び出した。
 美花を庇って菊乃が突き飛ばした。
 黒い風が菊乃と衝突した。
 風が叫ぶ。
 菊乃の身体が飛んだ。まるで体重を感じさせない。廊下の闇の中に行燈の光が飲み込まれていく。それは吹き飛ばされたというより、連れ去られたようだった。
 追うべきか、追わざるべきか、美花は重い足を引きずって菊乃の後を追った。
 暗い廊下。
 美花は何かに躓いた。
 廊下に転がるそれを見て、美花は全身を強張らせた。
 それはまるで人間の腕だった。
 美花は恐怖で顔を歪めながら逃げた。
 一心不乱で逃げる美花の足にまた何かがぶつかった。
 見るのが怖かった。
 美花は見て確かめることをせず逃げた。
 しばらくして、前方に明かりが見えてきた。
 行燈が床に落ちている。
 それに近づこうとした美花の足が急に止まる。
 行燈のすぐ近くに転がる何か。
 こちらを見ている。
 菊乃の見開かれた瞳がこちらを見ている。瞬きもせず、ただじっとこちらを見ている。
 ――躰はない。
 美花は急いで来た道を引き返す。
 見間違えだったかもしれない。しかし、近くでそれを確かめることはできなかった。
 あまりにも恐ろしすぎる出来事。
 嗚呼、どこに逃げても同じなのではないか?
 美花の全身から力が抜けた。
 壁に寄りかかり、冷たい廊下に尻を付ける。
 もう立つことはできない。
 一度、床に腰を下ろしてしまったら、もう立ち上がるのは難しい。
 ここで眼を閉じて視界から逃れてしまったら、再び瞳を開けることは難しい。
 しかし、眼を閉じ、今置かれている状況を忘れることができれば。
 眼を開けた時、全てが悪夢だったなら。
 美花は静かに瞳を閉じた。