冬の鐘
ショウコははっと思った。ケンイチを見た。次に瞬間、ケンイチは微笑を浮かべた。ショウコはその笑みの意味を理解した。もう決めたことなのだと悟った。
「音楽のため?」
「ああ」といかにも適当な返答した。
「いいね。夢があって」
「夢だけでは生きていけないけど、ただ、このままで終わりたくはないんだ」
ショウコは彼の中に自分の対する思いが欠片もないことを思い知らされた。そして胸が張り裂ける思いでケンイチの夢の話を黙って聞いた。
ケンイチは話が終わると、ショウコの顔を見た。彼女は顔をそむけ海を見た。海は日の光を浴びて輝いていた。
ショウコは「今日は暖かくていいね。何よりもお日様があっていい」とはしゃいだ。自分の気持ちは偽ることは小さい頃から上手かった。彼女の笑顔の下にずっと泣いているもう一つの顔があった。ケンイチに少しでも思いやりの心があったなら、それを読み取ることができたはずだが、残念ながら彼にはなかった。
「俺たち、自由だよね」
「そうだよ」とショウコは明るく答えた。
「俺はそう思っていたけど、ショウコはどう思っているのか、気になって聞いてみた。少心配していたけど、同じで考えで良かった」と安堵の色を見せた。
「気にしてくれたんだ」と微笑んだ。
「少しは」とケンイチは照れ臭そうに言った。
「明日の朝、帰る」
「駅まで見送ろうか?」
「いいよ、一人で帰るから」とショウコは微笑んだ。
翌日の朝、ショウコはケンイチの部屋を一人で出た。その瞬間、涙がこぼれてきた。
鞄を持って歩いた。鞄が妙に重くて歩きづらかった。
鐘の音が聞こえてきた。昨日の朝、ケンイチの腕の中で聞いたとき、その音は軽やかの音楽で楽しく聞いたのに、今は悲壮な音のように聞こえた。
振りかえった。ケンイチのアパートは小さく見えた。
「さようなら、ケンイチ。さようなら、私の恋」と呟いた。