きんぎょ
山崎は金魚すくいがうまい。
あの薄い紙がふつうのおたまに見えるくらいうまい。
田舎の祭りで、太鼓の音とか笛の音とか。遠くで田舎ギャルたちがきゃーきゃー騒ぐ声とか、祭りってのは騒音雑音がすごいもんで。でもそれって、それ全部で祭りの音だからだれも文句なんて言わないんだけど。
祭りの喧騒なんかなんのその。山崎の集中力はハンパない。たぶん、隣で俺が見てることも忘れてんじゃないのかな。あ、また捕獲。
「志村」
俺がいること把握してたのにちょっとだけ驚いた。山崎の持ってる金魚すくいのあれは、すでに全面水で濡れてるけど破れてはない。
「金魚鉢買おーかな」
「なに?」
「きーんーぎょーばーちー」
周りの音が大きすぎて聞こえなかった最初の言葉に、俺が大声で返して、それをさらに大声で山崎が返した途端、ぴしゃっと水が跳ねた。
金魚鉢がどうのとか言って、でもまた水面に視線が戻される。跳ねた水は、山崎が金魚すくいのあれを水ん中に落っことしたかららしい。ほわんほわんと弧を描く波紋が、タキモトで売ってた80円のタオルの柄そっくりだった。
「よし。買う」
金魚すくいのおっちゃんが、山崎の持ってたおわんを受け取って中にいる金魚の数を数えて賛辞を送る。隣にいた小学生のガキどもがすげーすげーとはやし立ててるけど、山崎の頭の中では金魚の生活におけるプランが練られてるらしい。
「水槽?」
「縁が青いの。金魚鉢」
言われて、よく見かけるあれな感じを頭に思い描く。青縁の丸みがかった金魚鉢。赤い金魚と黒い金魚。敷き詰められた砂利とわかめみたいなやつ。まさに情緒。
「いいな」
「夏だし」
「俺も欲しい」
「お前下手だから金魚取れねぇじゃん」
情緒を感じて金魚が欲しくなった俺。
分けてくれる気ゼロな山崎。
「帰り買うわ」
「タキモトやってっか?」
「おっちゃん起こす」
「金魚のためにシャッターたたくのかよ」
しぼり口のある小さなビニールに金魚が四匹。同じのがもう一つ、こっちは金魚が三匹。屋台のおっちゃんが二つに小分けしてくれたらしい。一つを俺に渡してくれたけど、山崎君は俺にくれる気ねぇんで、ちょっと残念。
俺に渡されたビニールを山崎が保護するように奪う。かわりに俺は、さっき射的でとった象の置物を渡された。
「餌どーすっかなぁ。さすがに売ってねーべ」
「麩でいんじゃね?」
「ふー?うちねぇよ。そんなん」
山崎は今日から金魚を飼うみたいです。
「んじゃうちよってからお前んち。今日朝食ったからたぶんある」
「お前来んの?」
「情緒独り占めとか、マジ調子のんな」
「何様だお前」
「にんげんさま」
ああ。おれも金魚になりてぇなぁ。