天気予報はあたらない
花火大会に今年は三人で行けないから、と恒例行事が中止になった時の啓太の顔が忘れられなくて、予想外に晴れてしまった今日という日に、心配になって啓太の家をたずねてみるが、どうやら出かけているらしい。
少し心配し過ぎたかな、と思ったが俺自身が考えすぎてもどうにもならない話だ。
――せっかくだから、花火見ようかな、一人だけど。
会場に行くのは、ひとりぼっちを際立たせるので遠慮する。ああいう会場全体が誰かと楽しむために来ているところに一人でいることこそ、つらいものはない。
夜空の遠くに見える花火を見ながら帰ろう、と思い、近くの書店で立ち読みをしながら時間をつぶす。
――そろそろかな。
そう思い花火に期待しながら店から出ると、そこは雨のカーテンが出来上がっていた。
「すごい雨だな……」
雨の予報が一転、快晴で迎えた花火大会の夜は、急な雨に見舞われていた。あまりに突然のことだったので、近くの店で傘を購入する。
「それにしても、ケーちゃんどこいったんだろう。」
雨が降りしきる中、駅までの道を歩いていく。大勢の人たちが雨を避けるように走って追いこしていく。浴衣の人かわいそうだななんて思っていた時、その道を歩いてくる人影が見えた。
――ケーちゃんだ。
一目でわかった。これだけ周りが駆け足でいるのに関わらず傘もささずに一人歩いているのだから、相当目立つ。
「ケーちゃん。」
傘に入れてあげようと手を軽く振り、おれの存在をアピールする。普段の啓太ならすぐに入ってくるだろう。いや、こちらが言わなくても無理矢理にでも入ってきたのだ。
そんな俺を、啓太はスルーした。
俺はここにいるのに。
「啓太っ。」
花火大会の最中に降り始めた大粒の雨の中、傘もささずに歩く親友を、いつも通りではない呼び方で引きとめる。向こうは、一度振り返って何かを言おうとしたが、そのまま立ち去ろうとする。
「待てよ、啓太っ。」
腕をつかむ。雨にぬれた啓太の体はひどく冷たかった。
「なんで無視すんだよ。」
「知らない。」
啓太はこっちを振り向こうとはしない。そんな態度にひどく腹が立つ。
「知らないって、ふざけんなよ。」
掴んだ腕を強く引っ張る。啓太の体はとても軽くて、少しの力で倒れてしまいそうなくらい多きくぶれる。顔をのぞきこんだとき、雨のしずくとは違う水滴を見つけたしまった。
「泣いてんの。」
「知らない。」
何度聞いても知らないとしか答えない。よほど、泣き顔を見せたくないのだろう。何回も振り向かせようと掴んだ手に力を込めるが、
すぐに顔をそむけたがる。
――やばい。
本来であればその涙をぬぐってやりたいところだが、この前の涙のシーンばかりがフラッシュバックしてしまう。
あの日の啓太は俺にとって悪夢だ。思いだすだけで、体に寒気が走ってしまう。だから、自分の心の中にきつく施錠して再び開かないようにしていたのだが、泣いている本人を目の前にしてしまうと、いとも簡単にあいてしまう。
「泣いてんのかって聞いてる。」
「別に、悟志には関係ない。」
知らないの次は、関係ないか。少しだけ、自分の中にやるせなさが増えていく。
確かにそうなのかもしれない。
今、現実に泣いているのは啓太だが、今日会った時にはすでに泣いていた。原因が俺じゃないから、その根本を回収することができない。
その間にも啓太の体は強い雨でぬれていき、肌の色がすけるほどTシャツはもはやびっしょり濡れていた。
「とりあえずさ、傘の中入れよ。」
「いい。」
傘を差し出すが、拒否される。
とりあえず、話がしたい。このままじゃ、まともな会話もできないであろう。
「このままじゃ、風邪引くって。」
今度は、無視される。
いい加減腹が立つ。手が出そうになるのをぐっとこらえる。
「このまま、」
強引に入れようと手を差し伸べようとしたとき、啓太がつぶやく。
「このまま、風邪でもこじらせて死んでしまいたい……。」
気が付いたら殴っていた。勢いで自分の持っていた傘は手から滑り落ちて、地面に落下する。
「なにすんだよ。」
啓太がキッと睨みつける。
「死ぬとか、簡単なもんじゃない。」
過去の忌々しい記憶が、頭をよぎる。傘を拾うことも忘れて、じっと啓太を見つめる。
このままじゃ、二人ともびしょ濡れだが気にしない。ただ、啓太の口から死ぬという言葉がでたのが気に食わなかった。
「悟志にはわかんないじゃん。」
啓太の感情の抑えがきかなくなっているようで、次々と表情が変わる。さっきまで泣いていたかと思えば、今度は悪態か。
「オレなんか、もうここには必要ないんだよ。」
「違う。」
はっきりとした否定の言葉を残すが伝わらない。
「すべてが、もう嫌。」
目をそらされる。
「逃げんなよ。」
俺はここにいるんだぞ。親友の俺が。
「いいから、ほっといてよ。」
啓太の力いっぱいで突き飛ばそうとするが、
そんな体力など雨で消耗し残っていないようで俺の体は動かない。このまま離すわけにはいかない。
「天気予報があたったんだよ。」
「なんだよ、それ。」
意味がわからない。
「雨が降らなかったから、何かが変わるかもと思って外に出たけど、何も変わらなかった。」
啓太に何があった。
「オレの大切なものは、もう絶望しか残ってないんだよ。」
少なくとも俺はお前が大切なんだよ。じゃあ、啓太はどうなんだ。 俺は啓太のなんなんだよ。
「死にたい。」
啓太のその言葉に再びかっとして殴りそうになる。
「死にたい、しにたい、シニタイ、……。」
「てめぇ、啓太、やめ……。」
泣きながら死にたいを連呼する啓太を制そうと再び頬を殴ろうとしたとき、逆に鈍い痛みが自分の頬を襲う。
「兄貴泣かしてんじゃねぇよ。」
「コーちゃん、強すぎ……。」
突然、目の前に現れた啓太の弟の登場に驚きながらも、一言そう喋ったところで、きっとうちどころが悪かったのだろう。
俺は気を失った。
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂