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天気予報はあたらない

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 言葉が出てしまった瞬間に、口を手でふさぐ。幸い俊二が話題を避けるようにして教室から出て行ったあとだったので、まずい、と思った表情を見られることはなかったが、
 それでも、自分にとって望ましい展開に、歓喜と同時に自分の最低さに嫌悪感でいっぱいになる。

 「気持ち悪いな、俺、性格悪っ……。」

 立っていることもつらくなって、黒板にもたれかかる。白いシャツにチョークの粉がついてしまうがそんなことなど気にならない。

 むしろ、そのほうがいいと思う。

 俺はこんなに汚い人間なのだから、きれいなシャツを着るなんて、身分不相応だ。今は、複雑な感情が絡み合って、自分自身がどの感情に乗っていけばいいのかわからない。
 だから、こんなにも悲しいのに、涙は出ず、卑屈なのに、笑みがこぼれる。

 俊二の表情は、必死だった。

 何かあった、なんて、いくらでも理由が見当たるはずなのに。その一点を自分の中でなくすのに、必死すぎる。

 ――あ、違うな。

 正確にはなかったことにできない、俊二自身の感情を制するように、隠しているといったところか。

 思いだすだけで、イライラしてくる。

 さっきまで、嫌悪感でいっぱいだったのに、こんどはその隙間を縫うように、言い知れぬ感情が押し寄せる。こんなに、感情が短時間で切り替わったことなどめったにあることじゃないので、そのやり場に困惑する。

 「整理しよう。」

 さっきから独り言が多くて笑える。まったくもって、節操がない。さっきまでイライラしていたのに、もう笑ってるや。
 変な感情のまま、白チョークを掴み、黒板に書いていく。

 「俊二は、あ、ここはSにしようか。」

 ここは公共の場であるため、誰に見られるかわからないということを思い出して、あわてて俊二と書きそうになったものを消した。

 「SはKのことを愛している。」

 これは、いま確信に変わったことだ。こうやって、文字にしてみると、情報が鮮明に映し出され、脳に入ってくる。だから、ノートって大切なのだと、初めて感じた。

 ――こんどから、授業中ちゃんとノートとろう。

 そう思いながら、書き進める。

 「KはSのことを愛している。」

 これは推測だが、ほぼ正しいであろう。見てればわかる。あきらかにあれは、好きな人を見る目だ。本人は気付いていないようだが、無意識にもほどがあるとつくづく思う。
 啓太は、あきらかにあのキス以降、なにかが変わったのである。

 「イコール、SとKは両思いだ。」

 われながら完璧な三段論法だ。これで二人が両思いであるということは完全に証明された。これを不完全なものとして棄却するには、反証を見つけなくてはいけない。

 「反証。」

 そっと書く。

 「SはKのことを親友であるとみなしている。」

 ――あ、違うや。

 そう思い、『みなしている。』の部分を消して書き直す。

 「みなそうとしている。」

 これが、正解だ。
 心のどこかにあるであろうその感情を押し殺している。というか、それをなかったことして気付かないふりをしているのだ。

 「イコール、愛していないのと同じである。」

 これじゃ残酷すぎるであろうと、慌ててつけたす。

 「カッコ、愛してはいるが、カッコ閉じる、と。」

 証明は一つでも反証があれば崩れてしまう。
こんなのあまりにも自分主義過ぎてこじつけにすぎないと思うが、これでいいのだと、自分を押さえつける。目の前の証明が崩れたことに
、自然と笑みがこぼれる。

 「はははっ……。」

 ――こんなこと、してていいの。

 いいんだ。間違っていない。

 ――親友なら、あとを押すべきなんじゃ。

 いいんだ。間違っていない。

 ――こんなことしたって、二人の気持ちは……。

 「いいんだよ、間違ってないんだよっ。」

 黒板を強く殴る。ダンッという低音が教室に響き、黒板に手のあとがつく。

 「一人は、もううんざりだ。」

 そう思いながら、最後に一文を付け足す。

 「つまり、SとKと俺はいつまでも親友だ。」

作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂