天気予報はあたらない
深夜のニュース番組から流れる大まかな天気予報を眺める。どうやら明日は今日の晴れ模様から一転して雨が降りしきるようだ。
「思ったんだけどさ、こんな、おおまかな予報であたるん。」
後ろから声がしたので、振り返ってみると弟の浩二がいた。風呂上がりの短い髪を不器用にガサガサと拭きながら、少し不機嫌そうに同じ画面を見ていた。
「あたるんじゃない。結構正確だよこれ。クラスでも言ってるし。」
一度振り返り、そう一言返す。
今見ているチャンネルの天気予報は、他のチャンネルよりも良く当たるとクラスでも評判で、それをもとに学校に傘を持ってきたりする人も多くいるのだ。
だから、正しいのだと、自分のなかで結論付ける。しかし、肝心の弟はその答えが気にいらなかったようで、少し反論気味に言葉を返す。
「だってさぁ、明日、雨だぜ。」
だからか、と思った。弟には明日雨だといけない理由があるのだ。それなのに、明日は確実に雨が降るという予報が流れてきて、それで、機嫌が悪いのだ。
「明日、雨だったらなんでだめなん。」
「だってさ、兄貴、明日、花火大会あるじゃん。」
「あ、そっか、デートか。やるなぁ、おまえ。」
「茶化すなよ。」
軽く、蹴られる。男同士の兄弟だからよくあることだ。ただ、最近変わってきたのは、力関係くらいだ。
身長は中学校の時にすでに抜かれ、文化系の自分と体育会系の弟では力の差は甚大だ。あっちは少しのつもりが、こっちにとってはその威力は大きく、少し突き飛ばされる。
「痛いって。」
「あ、ごめん。」
でも、喧嘩にはならないのは、弟は限りなく優しいのである。力では絶対にかなわないというのもあるのだが、見た目は、あんなにいかつくて生意気なのに、優しいのだ。
そんな弟にも、高校二年にして、はじめての彼女ができたらしく、毎日が楽しそうである。
「天気予報、はずれないかなー。」
残念そうに願望を言うのも、その彼女がきっとすごい楽しみにしているのだろう。
もちろん、弟自身もだが、それだけ、二人にとって大切に温めていたイベントなのだろう。
「そんなの、言ったってどうにもならないことだし。」
「なんだよ、そんな冷めちゃって。兄貴もだれか誘っていけばいいじゃん。」
「別に、いいじゃん」
「せっかく、そんなかわいい面してんだからさ、もったいない。」
弟は父親の遺伝子を濃く受け継ぐ半面、その半面、俺は母親の遺伝子を濃く受け継いでいるようだ。それをかわいいという弟も、どんだけブラコンなんだよと思うが、実際、クラスでもかわいい方の顔に分類されるらしい。
だから、自分は傍から見たらかわいいのだと、自分の中で結論付けている。男に対してのほめ言葉だとは思わないが。
「兄貴はさ、彼女とかつくんねぇの。」
「別に、興味ないよ。」
そう、興味ないんだよ。幸せなお前と違って。
「花火大会とか、そーいうのいっつも、俊サンとかと行ってるから、できないん…」
「俊二は関係ないだろ。」
ちょっと語気が強くなってしまい、弟もそうだが、自分でも、びっくりした。
俊二とは、十年来の幼馴染で同じ高校に通っている。それでいて、中学の時には弟の部活のキャプテンをしていたこともあり、弟はひどくなついており、こんな細い頼りない兄とは違い、非常に慕われているようである。
「なんだよ、びっくりするなぁ。」
「あ、ごめん。ちょっと、強く言いすぎた。」
謝るから、それ以上言わないで。
「あ、わかった。」
わかるな。お前にはわからない。
「俊さんにも彼女ができて今年は一緒に行けないから――」
違う、違う、関係ない。
「……やきもち妬いてんだ。かわいいな、兄貴。」
「茶化すなよ。」
軽く、叩く。力ではかなわないから、弟にばれないように、それが正解だということを込めた、本音の仕返しを。十年来のやり場のない思いをこめた、本音の力で。
「ばーか。」
「なんだよ。」
「そんなこと勘ぐってるなら、明日の中止になった時のことでも、考えてればいいのにさ」
「いや、明日は絶対晴れる。そんな気ぃするし。」
「だから、バカなんだよ。明日は雨だよ。」
俺の心もきっと雨。
だから今年の花火大会くらいは、せめて中止になればいいと思っているんだよ。
「天気予報でもいってるしさ。」
作品名:天気予報はあたらない 作家名:雨来堂