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猫の目から涙

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猫の目から涙のお話。

お母さんは猫を3匹飼っている。この涙を流した猫はトラ、一番の怖がりさん。拾ったときも5匹の末っ子で、やたらとしっかりしたお姉さん猫のおかげで自助努力無しに生き延びていたようで、餌をねだらず、媚を売らず、自発的なのは排泄と遊びと人間の体温を利用することくらいの、要するに私からは「いまいちさん」だと思われている子だ。どうしてそんな子が拾われたかというと、本猫の努力ではないところ、遺伝子様のお蔭としか言いようがない。

顔はどうも美しいほうではないのかもしれない。一般的なカレンダーや書籍に出るタイプの美猫のようでもないし。緑の目と黒いお鼻は特に可愛らしい配置ではないにしても、ぱっと見、いわゆる第一印象の魅力で採用された猫なのだ。深みのあるチョコレートケーキのような茶色の地に、墨のように鮮やかな黒。バウムクーヘンのような見事なトラ模様で、両前足を揃えて座ると左右の前足に黒い帯が続き、実に美しい。この皮を剥いで三味線にしたら、結構な値段が付くのかもしれない、と思うことすらある。臆病さんで喧嘩もせず、冒険しないので怪我もせず、傷の無い雌猫の皮、という条件を満たす猫が実在する。自分が飼っているのではないにしても、三味線の理想の猫に会う度に妙な感動がある。

そこまで臆病な猫なので、当然のように知らない人を極度に恐れる。人見知りどころではなく、押入れの奥に潜り込んで、文字通りがたがた震えているのだ。私も初回とあって人の悪さをつい発揮してしまい、勝手知ったる布団の間に手を突っ込んで、ぐぐっとトラを引き出してみると。

大きな目が潤んでいるように見える。猫の目なのに。ついでに両手足をふさぐ抱っこの姿勢で胸に抱えて、出ている顔と対面してみる。なんだか涙が目から出ているようだと思ってじっと見ていると、本当に涙が出ていた。ぼろり、ぼろりと大粒の涙が猫の目から落ちている。

うわ、猫って泣くんだ。涙を流すんだ。

そんな子は初めてだったし、猫が恐怖のあまり涙を流すとはついぞ思わなかったし、私もびっくりした。泣いている猫、というか私が泣かせた猫なので申し訳なく、頭を撫でながら「驚かせてごめんね」とトラの涙が止まるまで謝って、トラが落ち着いてから元の押入れに布団の間にそっと戻した。

そんなトラも今ではすっかり懐いて、私が遊びに行くと人間ホットカーペットだと認識して、喜んで膝の上に座りに来る。今ではもう、これが涙と流した猫だとはとても思えないのだけれど。
作品名:猫の目から涙 作家名:中川和木