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呼び寄せるもの 第一弾予告

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【腐った隣人】




 街中のワンルームから郊外の2LDKに引っ越して早二週間。
 結局1部屋は倉庫状態になってしまったが、キッチンは使いやすく、7階から見える景色も良く、上下左右の部屋からの生活音はほとんど気にならない。
 女の一人暮らし。
 こんなに広くなくてもと親には言われたが、同じ家賃で広いか狭いかを自分の天秤にかけたら、勿論広いほうに傾いた。



「うわー。ひろーい」

 友人の都木巣香奈もリビングに入ってからというもの、部屋の広さに目を輝かせている。
 香奈の土産のケーキを皿に盛り付け紅茶を淹れる。

「あー千尋が羨ましい。ちゃんと親から独立してこんなに素敵な部屋に住んでて、料理上手で、背も高くって。千尋にないものってあとは……男だけ?」
「いいの、別に。私はその辺の男よりも安定した職業についてますし?お金も困らない程度にはありますし?男がいなくても全然問題ないんですー。
 香奈こそどうなのよ?若い男の子と一緒にカフェにいたって情報入ってるんですけど?」

 香奈の口から紅茶が吹き零れる。たいへん汚い。
 台拭きを手渡し、自分でテーブルを拭かせる。

「違う!そうゆうんじゃなくてただの弟の後輩だから」
「へえ。大学生か。いいね、若くてピチピチじゃん」
「ピチピチとか親父臭いこと言わないでよ。ただ私は弟の友達から怖い話を聞いてただけだよ」
「よりによって怖い話?二十代の男女ならもっと色っぽい話しなさいよ」
「相手は18歳の未成年ですからー」
「あはは。手ぇ出したら犯罪かっ」

 本当にこの子は私と同い年なのに色気がない。
 天真爛漫といえば天真爛漫なんだろうけど、27歳じゃそれもちときつい。
 27歳にもなって怖い話なんて。
 子供の頃から好きだったっけね。
 林間合宿の夜はいつもこの子が怖い話の中心だった。
 どの話も日常的なものだったけれど、誰にでも起こりそうなことを話すものだから、怖くて皆で歌いながらトイレに行ったっけ。

「あんたの床下から死体が出てくる話怖かったなー」
「そんな話、した?」
「あんたが話したんでしょう」
「覚えてないなー。その場で即興で作った作り話だったのかも」
「国語だけはできたもんね、あんた。怖がって損した」

 この子の話に怯えるだけ無駄だった、か。
 この子、嘘も上手いから侮れないのよね。
 ぼけっとした顔しながら、何だかんだで私よりも先に結婚するのかも。


 途中でトイレに立ち、リビングに戻ってくると、香奈は手を合わせた状態で固まっていた。

「何を拝んでるのよ」

 香奈は「彼氏ができますようにってね」とにんまりと笑った。

「嘘っ。蚊がいたのよ」
「蚊ってそんなに飛翔能力ないでしょうに」

 何かのニュース番組で蚊の飛翔能力はマンションの三階程度までだと言っていた。

「だけど今エレベーターがあるからエレベーターで蚊も一緒に運ばれてくるらしいよ」
「えー。虫が嫌で7階にしたのに意味ないじゃん」
「油断は禁物ね。ところでさー……この部屋ってすごく静かだよね」
「隣に小さな男の子いるらしいんだけどね。上は老夫婦だから静かよー」
「ふーん」

 フォークが皿ににあたる音。
 上の天井が軋む音。
 自分の呼吸の音。
 とても静かで、ゆっくりと時間が流れていく。
 平和の象徴のような家。
 香奈は紅茶のカップを置き、ボストンバックを持って立ち上がる。

「ごちそうさま。今日は楽しかった」
「あら、もう帰るの?部屋で飲まない?」
「残念だけど例の18歳とデートなの」
「やっぱり本気なのね」
「まさか」
「知らず知らずのうちに本気になって捨てられないようにね。年上の女が捨てられたら惨めよ。って雑誌に書いてあった。私の体験談じゃないからね」
「千尋は捨てる方専門でしょうよ」

 玄関まででいいという香奈を言いくるめて、下のロビーまで友人を送る。
 向かいあった友人の顔はセーラー服を着た中学のあの時と変わらない。
 奔放で、ちょっと変わった話を聞くのが好きな、嘘が得意な彼女。

「千尋、元気でね……」

 いつもよりもどこか元気のない友人の笑顔に、一瞬胸がざわめいた。
 私が片思いしていた男の子を香奈も好きだと言った時もこの顔をしていた。
 結局彼とは私が付き合い、香奈はすぐに別の男子を好きになっていたけれど、ずっと香奈に後ろめたさを覚えながら卒業までを過ごした。
 私が最も苦手な表情を崩したくて、私はわざと明るく、「二度と会えないみたいな言い方はやめてよー」と香奈の肩を叩いた。

「あはっごめんごめん。同級生では急に結婚して、引っ越していっちゃう子も多いからさ。
 千尋も電撃婚してどこかに行っちゃうのかなと思ったら、切なくなっちゃってね」
「心配しなくても結婚式には呼んであげるから。ご祝儀は弾んでね」
「まだ予定もないくせに。バイバイ、千尋」

 ――また明日学校で。
 そう続きそうだと思わせるほどの、少女のような明るさを見せて、香奈は外の階段を降りていく。
 

 これが友人との最後の別れになるとは知らずに、私はいつも私よりも“下”の友人にどこか優越感を覚えながら、エレベーターのボタンを押す。
 あの部屋へと戻るために。