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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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文学論Y

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文学論。2011-1991=20。
作家K氏著の、20年前に出た「文学論」(文庫本)を持って、旅先の秋田駅近くの焼き鳥K、赤提灯のぶら下がる大衆居酒屋へ入った。ホテルにあった案内地図で見つけた一軒だった。もう19:00を回っていたので、看板には灯が入っていた。路地の暗がりに揺れる暖簾を右手で掻き分けて、サッシの扉を左手で引いて開けた。見れば七割がた客で埋まっていた。店の中央縦にカウンターで四角く囲い、その両脇に四人がけ卓子(テーブル)が十ほどあった。奥に煙草の煙が漂い、小座敷あるような店だった。

ワタシは偶々空きができたカウンター席へと向かい、少し周りを気にしながら店内を見渡して、ここがどういう店かを瞬時に判断して、白衣の御兄さんにこう質問した。
「日本酒はありますか」
バカな質問だった。その意図するところは各種様々なる銘柄を訊きたかったのだが、その言葉が単純に省略され、出てしまった言葉だった。新参者がばれたと思った。
「燗か常温になりますね」
御兄さんは賢かった。察してくれたのだ。ワタシは一瞬考え、「常温で」と答えた。秋田駅の裏通りにいる自分がそう口にしたことで、少し自信を持った。
次に何を食べるべきなのか。辺りを見れば全員が「もつ煮込み」を前にして呑んでいる。中くらいの深めの皿に、味噌汁色に浮かぶ豆腐の白色が眩しかった。その下には煮込みに煮込まれた「もつ」がある。その上には刻まれた長ネギがシャキシャキと降りかけられてあり、旨そうな苦味がワタシの脳味噌が十分に刺激していた。ネギは好きなのである。
目の前にコースターのようなガラスの受け小皿にのせられた肉厚のグラスが運ばれた。さして大きくはない。一升瓶をぐいと斜めにして、御兄さんはゆっくりとグラスに注いだ。なみなみと注がれ、グラスも下の小皿も表面張力で零れるのを保っていた。
「注文いいですか。煮込み。豆腐入りで。それからコブクロとハツとレバーを一本ずつ」
「塩かタレか」
「塩で」

ワタシはこのスムーズさに優越感を少し感じながら、吐息でも揺れ踊るお酒の表面へ口をそっと近づける。まるでキスである。初めての女性の唇に触れる。正直怖い。でも行く時は行かねば。あっ。

液体はその張力が破られて、数ml零れた。下手である。まだまだだな。そう思いながら、静かに啜った。おお、常温だ。一杯250円の二級酒。それは口の中にじんわりと痺れるように広がり、舌を使ってほんの少し転がしてからグイと喉へ押し込んだ。旨い、と喉が鳴った。

すぐに運ばれてきた煮込みは湯気を立てながらワタシを見上げていた。ワタシは「こ、こんばんは」と目で挨拶をして、割り箸で豆腐を一口サイズに欠いて、ネギと一緒に摘み、口の中へ音もなく送り込んだ。ああこれは旨い。450円煮込みのすばらしさ。
つづいて焼き鳥が運ばれ、三つずつ串に刺さったコブクロ、ハツ、レバーを順に食べた。二つ目からは七味をまぶして食べた。そしてお酒で間(あい)の手を入れた。舌が悦ぶのが判った。

ワタシは横に置いたままの「文学論」を見ていた。文庫本なので邪魔ではなかった。読まずとも思った。この「旨さ」がそうなのかと。題名でK氏が言わんとするその意味は、今日の、秋田の片隅の煮込みのなかにあるのか!と。そして1991年本を眺めながら、ワタシは乾杯をした。喜んでいるような気がしたのだ。すでに酔いが回ってきたのか。味わいつつも時間は30分を経過した。これ以上今夜は止めておこう。折角学んだことがぼやけるのが嫌だから。そう思った。

会計は店の主人らしき人に代わっていた。
「はい、1100円」
その時「文学論」は500円だったのを思い出した。古本屋で買ったのだった。正規の値段は780円。-280円か。支払いを済ませ、店を出た。1100-500=600。意味はなかったが計算に夢中だった。600-280=320。500-320=180・・・。意味ないか。ない。
辺りは相変わらず薄暗かった。脇に挟んだ本がケタケタと笑っているような気がした。これもお酒の所為(せい)かなと思った。そこで、やはり20年前が気になった。  (了)
作品名:文学論Y 作家名:佐崎 三郎