七色の地図
―虹のねっこにはすてきなものがあるんだって
幼い頃から彼女は、雨上がりに掛かる虹を見てはそう言っていた。私はその度に、じゃあ虹のねっこに行こうよと言っていたのだけど、彼女はけして首を縦には振らなかった。
どうしてなのかはわからない。彼女は最後まで虹のねっこを見ることはなかった。ただ、彼女はそこにある素敵なものへの憧憬を、最後まで捨てなかった。
何時の頃からか、彼女は虹を見るため、雨が上がるとこの小高い丘から街を、空を見渡すようになった。
単純に虹が好きなだけだと、周りはそう思っていたようだけど、多分違うんだと、私はそう思う。きっと、虹のねっこにある素敵なものを偶然にでも見てしまわないよう、ねっこから遠い、少なくとも彼女がそう考えていたであろうこの丘に逃げていたのだ。
素敵なものが素敵じゃなかったら、きっとそれは何よりも怖いことなのだ。
私は小降りの雨の中、傘と世界の境目から空を見ている。
雲が覆いつくしている空は灰色で、虹の輝きからは程遠く、それが返って私を安心させる。
こんな日に彼女はどこか遠くへ行ってしまった。
小さな不運が折り重なって、結局は大きな悲しみを振り撒いて。
彼女は虹のねっこへと辿りついたのだろうか。もしかしたら、虹のねっここそが彼女を呼んでいたのかもしれない。
「虹……」
ねっこには素敵なものがあるのだろうか。
「ねっこに……行ってみようよ」
返す言葉はなく、横に振られる首も無い。
雨が降り止んだ。だけど、虹のねっこに私は行かない。行けないのだ。彼女がいないから。
了