たまごの中身
たまごの中身「たまご・落胆・電話」
小学校時代のクラスメイトである島木優也は父親が経営する病院の研修医になっていた。
同窓会の席で焼酎を煽りながら「お医者様かよ、すげえなあ」と俺が投げやりな称賛を告げると、島木は「いや、まだ”たまご”だよ」とつまらない謙遜の言葉を返す。
小学生の頃は俺の方が成績が良かった。分不相応な私立の進学校に入れてくれた両親の為に必死に勉強し、受験戦争にも勝利して一流の企業に就職した。
しかし、そこまでだった。初めて本当の挫折感を味わった。やはり蛙の子は蛙だったのだ。
「どうも仕事に馴染めなくてね。親を落胆させてばかりだよ」
大病院の後継ぎが力なく笑う。
「……もう子供じゃないんだから、親の意志なんてどうでもいいだろ」
酔いに任せて吐き出された歪んだ言葉。
「自分らしい道を進めよ。そんなんじゃ、いつまで経ってもたまごから出れないぜ」
俯き加減だった島木が初めて顔を上げて俺の顔を凝視したが、それ以後は話した記憶が無い。
すでに俺は転職している。前の会社とは比べものにならない規模の中小企業だ。口には出さないが、やはり両親は落胆しているのだろう。
恒例のくだらない会議が終わった後、携帯に留守電メッセージがあることに気づく。
『やっと殻が割れたよ』
一週間前とはまるで違う島木の弾んだ声。
続いて『今夜会えないか?』と入っていて、用事があったので「また今度会おう」という断わりの電話をしたが繋がらなかった。
それきり島木からの連絡は無い。こちらからも連絡していない。
だから、彼がどんな決断をしたのかは判らなかった。
それが判明したのは、同窓会から半年後。
朝の食卓でテレビを見ていた俺は、巷で騒がれていた連続猟奇殺人事件の犯人を知った。