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詐欺師Xにだまされた

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『詐欺師Xにだまされた』

 ヨウコは浮かない顔をしている。
「どうしたの?」と聞いたのは古い友達のフミエである。
 ともに水商売に手を染め十五年が過ぎ、人生の甘いも酸っぱいもともに十分味わってきた。ある意味戦友である。
 フミエは恋に落ちやすいタイプだった。見掛けだけで、簡単に相手を許し、後になっていつも泣く。
「あんたは馬鹿よ。見掛け倒しの男に引っかかるなんて! 男なんか、見てくれの悪い方が良いのよ。遊ぶだけなら別だけど」
ヨウコは男をだましたことがあったかもしれないが、だまされたことは一度もなかった! 三十五だが、既に店を三軒持っている。その資金の多くは、男達が貢いだものである。嘘の混じった悲しい話でひっかけたのである。母親が急病で入院費が足りなくなったとか、おばあちゃんが死にそうで急に金が必要になったとか言った後、あなたしか頼る人はいないの、と男心をくすぐるのである。その百戦錬磨のヨウコがこともあろうにだまされたという。
「私は男を見る目があると思ったのに、だまされたみたいなの」と今にも泣き出しそうな顔をした。
フミエは驚いて「騙されたって? お金をとられたの? 幾ら?」
「五百万よ。また新しい店を出そうと思って貯めたお金、全部とられた!」
フミエは同情したかのように悲しそうな顔をしたが、内心、喜んでいた。いつもと立場が逆転したからである。
「人生は谷ばかりじゃない。いつかは山もあると言って、いつも慰めてくれた」とフミエは深く同情したそぶりで慰める。
「そうよね。でも、どうしてあんな男にだまされたのかしら? 警察に被害届を出したら、そいつは天才的な詐欺師だというの。金のある女を見つけてはだまし、その金を、競艇と飲み食いで派手に使って、一文無しになったら、また詐欺を働く。それを繰り返しているろくでなしだと言うの。とんでもない悪党よ!」
 ヨウコは警察で聞いた話を織り交ぜて話した。要約すると、こんな内容であろう。

――天才的な詐欺師Xの風貌はいっこうにさえない。詐欺師と言わなかったら、誰もがただの「おっさん」にしか見えない。年齢は、四十才前後、背は低く、小太りで、頭髪は後退している。額が鈍く光っていて、おまけに分厚い眼鏡をかけていて、着ているものも地味だ。このどこから見てもただの「おっさん」だが、実をいうと、驚くことなかれ、希有の「詐欺師」なのだ。それも女性専門の詐欺師だ。どうして、女はこんなつまらぬ「おっさん」に騙されるのか?
男は頭で考えるが、女は身体で感じて考える。身体は感情というものに密着していて、五感がそれを支えている。その五感で「相手」を感じる。天才的「詐欺師」はそこをうまく訴える。あるときはパイロット、あるときとは医者、あるときは芸術家、あるときは新進の科学者……。いちいちあげたら、きりがない。しかし、彼の手にかかると、どれも本物っぽくなるから不思議だ。おそらく彼は演じているのではない。そんなものは、いつかメッキが剥げてばれてしまう。おそらく自分自身、それになりきっている。演じているうちに、演じていることさえ忘れてしまっている。
彼ほどのプロにもなると、一見しただけで女の身分、境遇、職業、そして心のなかの見透かすことができるという。そうだ、彼の眼力は、女の全てを見透かすのだ。女が求めている男をものの見事に演じる。
彼が眼をつけるのは、三十過ぎの女である。美しい衣装に身を纏い、一寸も隙をみせない女、それこそが彼が狙う獲物である。男でも女でもそうであるが、ガードが固い人間ほど実をいうと脆い。裏を返せば、弱いからこそ固い鎧で身を固めているに過ぎない。
この世は男と女のゲームである。彼は映画に出てくるようなかっこいい男ではない。そこが、この世の面白さだ。かっこいい男に女がころりと参るというのは、実にありふれていてちっとも面白くない。また、女もそういう出会いを期待しているかもしれないが、そういった場面に遭遇したとき、女のガードは思いのほか固くする。彼のような意外な存在に対してはガードが緩くなってしまう。どっから見ても三枚目だが、信じられないようなエリート!(ありふれたエリードじゃだめだ。人が想像できないようなエリートじゃなければいけない)。そんなエリートから躊躇いがちに告白される。自信たっぷりなのはいけない。どこか頼りなさそうな男、それでいて、精一杯頑張っている男に、女は弱い。女の眼を見ながら、訴えるような眼差しで語る……。それは一種の催眠術である。デートの度に、誠心誠意、女の悩みを聞いてあげる。そして、その合間に己の夢や将来を語る。女は子供みたい男が好きだ。夢のない男は、女にとって最も詰まらない男である。夢を語った後はサクセスストーリー。それは、決して涙なしでは聞けない話だ。女は男より感情が豊かで、どんな女でも、彼の話すサクセスストーリーの耳にしたら、泣いて抱き締めたくなる。たとえば、こんなサクセスストーリー。
 物心ついた時は既に孤児院にいた。もちろん、天涯孤独である。今日の地位を築くためにどんなに血と汗を流したことか! 独りぼっちで周りの冷たい視線に耐え、仕事一筋で生きてきて、やがて頂点に達する。輝かしい成功! だが、ふと、振り向くと、自分一人。こういった内容を少し躊躇いがちにさらりと言いいのける。それを聞いた女は涙を流す。しかし、所詮はフィクション、「夢」も「サクセスストーリー」もいつかはそのメッキが剥がれる。潮時というものがある。どんな詰まらぬ劇でもクライマックスというがある。彼の劇のクライマックスはいつも決まって金が絡む(詐欺師だから当然のことだが)。友達が急病になって、その金策に苦しんでいるとか、大きな商談があり、その準備で大きな金がいるとか……決して金を貸してくれとは言わないが、女の方が立て替えてあげるという。だが、彼はすぐには金を受け取らない。しかし、女、再三、立て替えてあげるという。「それほどおっしゃるなら」と言って金を受け取る。そして、すぐに姿を消す。女がだまされたと気づいたときは、後の祭りだ。

「いい勉強だったわ」とヨウコは微笑んだ。
気持ちの切り替えは天才的と言ってもよい。
「本当? 今度、会ったら、どうする?」
「そうね、とりあえず五百万は利子をつけて返してもらうわ。そのうえで、二度と悪さができないように石でもくわえさせ、海にでも沈めなきゃ気がすまない」

作品名:詐欺師Xにだまされた 作家名:楡井英夫