「山」 にまつわる小品集 その弐
気が付くとそこは明るい。かぐやの存在を確認すると少し安堵した。
周囲に目をやる。歴史か古文で習った覚えのある、奈良時代だか平安時代だかの風景がそこにあった。はるかかなたには、ウサギが餅つきをしているような形をした山並みが見える。
「ここが月の都? 地球が見えへんじゃん」
「ここからは見えぬ。そなたが申すは帝がおわす都のことかとおもほすが、そこから見ゆるは今いる所より、はるかかなたの外側なる所。満月の夜には餅をつくウサギを眺めたものじゃ」
「ほんじゃ、なんで明るいの?」
「光り輝いておるは、それあそこを見じゃれ。お天道様がずっとあそこにおわして回ってなさる。一周りが1年となろう」
白くまばゆく光る物体が上空にあり、目を細めてみるとそれには模様がみられた。おそらくその模様で、回転の様子を知るのだろう。
そして月の都というのは、月の内部深くにあったのである。
我々が見る月の海が山となっているらしい。
ウサギが餅つく形の山は、天香具山(あまのかぐやま)という。
月の都人は、地球時間の千年ごとに大和地方の情報や文化を仕入れて都造りをしてきた。主に月への関心度が知りたかった。月の都を襲撃されることを恐れていたのである。
将大から情報を引きだした。が、全く理解できなかったし、あまりにも少ない。引きこもりがちだった将大自身も、知らないことばかりだったからである。
将大はポケットから携帯電話を取り出し操作を始めたが、圏外、である。情報を教えてやろうと思ったのだが。
ただ、ウルトラマンや宇宙戦艦ヤマトの存在を知って、警戒を強めることとなった。
将大はゲームをしたかったのだが、かぐやの案内で月の都を見学し、祭りを楽しみ、都人の珍しい生活を共にして、その長閑さと優雅さに魅せられ、時の流れを忘れていった。
しかし、お天道様が1周する頃になると、奈良の自宅が恋しくなってきた。親しい友達はいなかったが、家族に会いたいと思うようになってきたのである。
「なんと仰せらるか、そなたには迎えの使者はいないのか? 今しばらくは竹に通じる道は途絶えておろうに」
しだいに落ち込んでいく将大を憐れんで、月の使者を代わりに立て、牛車で送ることになった。
満月の夜、将大はかぐやに別れを告げ、牛車に乗り込んだ。
「将大よ、この箱はわらわの宝。帰り着いたならば開けてみよ」
真美ヶ丘ニュータウンのそばの竹林は、竹を少しばかり残して公園になっていた。
[竹取物語公園]
と表示されている。
ベンチに座ってかぐやの宝の箱を開けると、鏡が入っていた。
顔を映してみる。すると瞬く間に黒髪は白くなり、顔には皺ができ、白く長い髭が生えてきた。
そう、翁の姿になってしまったのである。
両親はすでに亡くなり、町には知人もいなくなっていた。月にいたことは誰にも信じてもらえなかった。奇異の目で見られただけである。
どうにか生活の目途は立てたが、50年もの間留守にしていたことを知った。
今では満月の夜ごとに、餅つくウサギを眺めてはかぐやを想い、涙を流すのであった。
2011.5.23
作品名:「山」 にまつわる小品集 その弐 作家名:健忘真実