情報屋と会計とその周辺
トイレの個室から子供の泣き声が聞こえてきた。
5限目始まり前に用を足しに来たオレと悟は首を傾げる。
高校2年生にもなってショースケってばツレションとか恥ずかし~いと言われても悟がついてくるのだから仕方がない。そもそもこの全寮制学園に悟が来た理由からして「正助と一緒のガッコがいいし」だったのだから。仲良しさんなのだ、オレたちは。
ファスナーを閉めた悟は切れ長の鋭い眼で閉まっている個室を睨みつけた。
「花子か?」
「太郎君じゃないの、ここ男子高だし」
一歩遅れて用を足し終わったオレは手を洗いに向かう。おばけなんて信じていないけれど触らぬ神に祟りなしというし、関わらない方が吉だろう。
しかしそうは問屋がおろさなかった。
手を洗い終わり、ふと前の鏡を見ると小学生に見える子供がしゃくりあげて泣いてこちらを睨みつけていた。
「げ」と声を出す。天然パーマだろうほわほわした金髪に陶磁器のようなつるりとして白い頬をピンクに染めたその小学生は、おばけなんかではなく。
「なんで、ボクを、むし、するのおっ」
生徒会会計、これでも同じ高校2年生、17歳の百地純だった。
◇
「太郎じゃなくて会計か」
「悟、そういう問題じゃないから」
ピスピス泣く百地会計を抱えてとりあえずオレたちの部屋にやってきたのはいいものの、なにも話してくれない彼に悩むオレ達。
クッションをふんだんにお尻に敷いてソファの上で三角座りをする泣き虫には、どこも外傷がないから殴られたとか襲われたというわけではないだろう。
しかしどこからどう見ても子供だ。百地親衛隊隊長が常々「百地様は天使だ」と言って憚らないのもムリはないのかもしれない。
あ、そうだ、とそこでオレは思い出した。影でショタコン隊長と呼ばれているその隊長を呼びだせばいいのだ。
「なあ百地会計。とりあえず授業終わったら猿渡を呼んでもいいか?」
膝に顔を埋めて頷く百地。その反応にようやくオレたちは息を吐いて苦笑しあった。
「じゃ、オレ飲み物淹れてくる」
立ちあがってそう言ってくれた悟に甘えて「ホットミルクティー淹れたげて」とお願いする。片手をあげて了解の合図をした悟はなるほどそこだけ見るとモテるのも分かると思った。男相手にだと嬉しくないだろうが。
その間、オレは猿渡にメールで連絡をする。百地会計の名前を入れたら授業放ってきそうなので「用事があるから授業終わったらこい」とだけ打って。
ちなみに猿渡は同い年だ。しかし彼がショタコン隊長であることに変わりはない。悟から受け取ったマグカップを両手で持ってこくこく飲む姿はどうみても小学生なのだから。
「ん、悟。旨いよこれ」
「正助には愛情をたっぷり入れといたからな」
「あっ、胃が重い」
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
チャイムが鳴り、ノック音がした頃にはすっかり百地会計も落ち付いていた。ミルクティーをおかわりしすぎたせいか、今は「お手洗い」に行っているところだ。
百地が出てきてから話すか、と思い猿渡を招き入れると、すぐに彼の目線が玄関の靴に行った。眉間に皺を寄せて見ているのは彼のマイエンジェルの靴だ。
「百地様が来てるのか?」
学校指定の靴のはずなんだけどな。おかしいな。
立ち話もなんなので、と訝しげな猿渡を押してリビングに入れる。のっぽの猿渡は理性的な男だから拗れることもないだろうし、後ろでジャーという水を流す音が聞こえてきたところで、オレは「保護してました」と笑った。
「あ、猿渡くんだ!」
「百地様!」
「がしっ」という効果音を悟が面白がって言うほどの抱擁を2人は目を合わせるなりした。また泣きだすかと思ったけれど百地会計の泣き虫は退治されたらしく、嬉しそうに親衛隊長に抱きつくだけだ。お兄ちゃんと思われてるんだろうなあ。百地にとってこの学園の男共は皆お兄ちゃんのようなものだろうが。
満足するまで抱き合わせている間にオレと悟は机の上を片付けて新しいお茶を出すことにした。
「なあ正助、あの猿はなにが好きなんだ」
「コーヒーの横に砂糖とミルク置いといてあげればいいと思う」
「会計はさっきと同じのでいいのか」
「飽きてきた頃だと思うからりんごジュースでも出してやろう」
「じゃ、オレは?」
「麦茶でどうよ」
それを聞くと満足そうに「正助も麦茶でいいよな」と用意を始めた。どうやら当たったらしい。オレは笑って手に持っていた本を台所の隅に置いた。百地会計をあやすために買ってきたクロスワードパズルだ。猿渡が来る間にほとんど解かれてしまっているから、懸賞に応募しておこうという算段だ。百地会計の家に今更ポータブルテレビとか来ても意味ないだろうし。
各々腰を下ろしたところで、百地が口を開いた。
「迷惑かけてごめんね……」
そして、百地会計がなぜトイレで泣いていたのかという理由はこうだった。
最近、生徒会室に入り浸っている一般生徒がいるらしい。生徒会長たちが認めた者は入っても特に問題ないので、まあいいかと思っていた百地会計だったのだが、会議の日にもその生徒を連れて来て、結局仕事にならなかったとか。そういえば最近仕事の手が遅いな、と思った百地はそれを含めて注意したという。「この子にばっかり構ってないで仕事してよ」と。見た目小学生に注意される高校生(イケメン揃いの生徒会諸君)。シュールな図だ。
そうすると会長は「オレに指図すんじゃねえ」と偉そうに言い、副会長は「百地も構ってほしいんだろ?」と明後日の方向に言い、書記は目もくれず茶を啜っていたとか。
挙句、一般生徒に「まあまあ。百地はちっこいんだしもっと息抜きした方がいいって!」と塗り絵とクレヨンを渡されたらしい。
「ボクだけ真面目にしてばかみたい! しかも副会長もあいつもボクのこと子供扱いして! あいつとボクは同い年なのに! クレヨンなんて使わないし!」
悔しさのあまりトイレに駆け込んだところをオレたちに拾われたわけだ。へー、塗り絵とか置いてあるんだ、あそこ。
猿渡くんが子供扱いされて憤慨している子供に悶えながら頭を撫でている。悟、引いたら失礼でしょうが。
「その失礼千万なヤツは誰ですか百地様。親衛隊一同、総力を挙げて潰しますよ」
「うん! うん! あいつつぶして! 踏みつぶして!」
なにやら不穏な話になってきたので慌てて止めた。潰すとか怖いわ!
「まーまー、そんな怒んなって」
「これに怒らずなにに怒る!」
理性的のはずの猿渡くんもさすがに百地会計のこととなると周りが見えなくなる、と。メモメモ。悟は悟でオレの前に腕を出して庇う体制です。
そして百地会計は可愛い顔が歪んでしまっている。怖くないなあ。
「まあ今の話聞いてさ。オレらは百地会計に感謝しなきゃな。ひとりでよく頑張ってくれたな。学園のためにありがと。ジュースのおかわり飲むか?」
ふるふる首を横に振った百地は、しゅんとなって俯いた。
「……もう、がんばりたくないもん」
猿渡に目配せをする。怒りの矛先を失った親衛隊長はおろおろしている。小さい声で「猿渡」と呼んで隣に座っていた悟に抱きついた。こうしなさい。という意味を込めて。
5限目始まり前に用を足しに来たオレと悟は首を傾げる。
高校2年生にもなってショースケってばツレションとか恥ずかし~いと言われても悟がついてくるのだから仕方がない。そもそもこの全寮制学園に悟が来た理由からして「正助と一緒のガッコがいいし」だったのだから。仲良しさんなのだ、オレたちは。
ファスナーを閉めた悟は切れ長の鋭い眼で閉まっている個室を睨みつけた。
「花子か?」
「太郎君じゃないの、ここ男子高だし」
一歩遅れて用を足し終わったオレは手を洗いに向かう。おばけなんて信じていないけれど触らぬ神に祟りなしというし、関わらない方が吉だろう。
しかしそうは問屋がおろさなかった。
手を洗い終わり、ふと前の鏡を見ると小学生に見える子供がしゃくりあげて泣いてこちらを睨みつけていた。
「げ」と声を出す。天然パーマだろうほわほわした金髪に陶磁器のようなつるりとして白い頬をピンクに染めたその小学生は、おばけなんかではなく。
「なんで、ボクを、むし、するのおっ」
生徒会会計、これでも同じ高校2年生、17歳の百地純だった。
◇
「太郎じゃなくて会計か」
「悟、そういう問題じゃないから」
ピスピス泣く百地会計を抱えてとりあえずオレたちの部屋にやってきたのはいいものの、なにも話してくれない彼に悩むオレ達。
クッションをふんだんにお尻に敷いてソファの上で三角座りをする泣き虫には、どこも外傷がないから殴られたとか襲われたというわけではないだろう。
しかしどこからどう見ても子供だ。百地親衛隊隊長が常々「百地様は天使だ」と言って憚らないのもムリはないのかもしれない。
あ、そうだ、とそこでオレは思い出した。影でショタコン隊長と呼ばれているその隊長を呼びだせばいいのだ。
「なあ百地会計。とりあえず授業終わったら猿渡を呼んでもいいか?」
膝に顔を埋めて頷く百地。その反応にようやくオレたちは息を吐いて苦笑しあった。
「じゃ、オレ飲み物淹れてくる」
立ちあがってそう言ってくれた悟に甘えて「ホットミルクティー淹れたげて」とお願いする。片手をあげて了解の合図をした悟はなるほどそこだけ見るとモテるのも分かると思った。男相手にだと嬉しくないだろうが。
その間、オレは猿渡にメールで連絡をする。百地会計の名前を入れたら授業放ってきそうなので「用事があるから授業終わったらこい」とだけ打って。
ちなみに猿渡は同い年だ。しかし彼がショタコン隊長であることに変わりはない。悟から受け取ったマグカップを両手で持ってこくこく飲む姿はどうみても小学生なのだから。
「ん、悟。旨いよこれ」
「正助には愛情をたっぷり入れといたからな」
「あっ、胃が重い」
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チャイムが鳴り、ノック音がした頃にはすっかり百地会計も落ち付いていた。ミルクティーをおかわりしすぎたせいか、今は「お手洗い」に行っているところだ。
百地が出てきてから話すか、と思い猿渡を招き入れると、すぐに彼の目線が玄関の靴に行った。眉間に皺を寄せて見ているのは彼のマイエンジェルの靴だ。
「百地様が来てるのか?」
学校指定の靴のはずなんだけどな。おかしいな。
立ち話もなんなので、と訝しげな猿渡を押してリビングに入れる。のっぽの猿渡は理性的な男だから拗れることもないだろうし、後ろでジャーという水を流す音が聞こえてきたところで、オレは「保護してました」と笑った。
「あ、猿渡くんだ!」
「百地様!」
「がしっ」という効果音を悟が面白がって言うほどの抱擁を2人は目を合わせるなりした。また泣きだすかと思ったけれど百地会計の泣き虫は退治されたらしく、嬉しそうに親衛隊長に抱きつくだけだ。お兄ちゃんと思われてるんだろうなあ。百地にとってこの学園の男共は皆お兄ちゃんのようなものだろうが。
満足するまで抱き合わせている間にオレと悟は机の上を片付けて新しいお茶を出すことにした。
「なあ正助、あの猿はなにが好きなんだ」
「コーヒーの横に砂糖とミルク置いといてあげればいいと思う」
「会計はさっきと同じのでいいのか」
「飽きてきた頃だと思うからりんごジュースでも出してやろう」
「じゃ、オレは?」
「麦茶でどうよ」
それを聞くと満足そうに「正助も麦茶でいいよな」と用意を始めた。どうやら当たったらしい。オレは笑って手に持っていた本を台所の隅に置いた。百地会計をあやすために買ってきたクロスワードパズルだ。猿渡が来る間にほとんど解かれてしまっているから、懸賞に応募しておこうという算段だ。百地会計の家に今更ポータブルテレビとか来ても意味ないだろうし。
各々腰を下ろしたところで、百地が口を開いた。
「迷惑かけてごめんね……」
そして、百地会計がなぜトイレで泣いていたのかという理由はこうだった。
最近、生徒会室に入り浸っている一般生徒がいるらしい。生徒会長たちが認めた者は入っても特に問題ないので、まあいいかと思っていた百地会計だったのだが、会議の日にもその生徒を連れて来て、結局仕事にならなかったとか。そういえば最近仕事の手が遅いな、と思った百地はそれを含めて注意したという。「この子にばっかり構ってないで仕事してよ」と。見た目小学生に注意される高校生(イケメン揃いの生徒会諸君)。シュールな図だ。
そうすると会長は「オレに指図すんじゃねえ」と偉そうに言い、副会長は「百地も構ってほしいんだろ?」と明後日の方向に言い、書記は目もくれず茶を啜っていたとか。
挙句、一般生徒に「まあまあ。百地はちっこいんだしもっと息抜きした方がいいって!」と塗り絵とクレヨンを渡されたらしい。
「ボクだけ真面目にしてばかみたい! しかも副会長もあいつもボクのこと子供扱いして! あいつとボクは同い年なのに! クレヨンなんて使わないし!」
悔しさのあまりトイレに駆け込んだところをオレたちに拾われたわけだ。へー、塗り絵とか置いてあるんだ、あそこ。
猿渡くんが子供扱いされて憤慨している子供に悶えながら頭を撫でている。悟、引いたら失礼でしょうが。
「その失礼千万なヤツは誰ですか百地様。親衛隊一同、総力を挙げて潰しますよ」
「うん! うん! あいつつぶして! 踏みつぶして!」
なにやら不穏な話になってきたので慌てて止めた。潰すとか怖いわ!
「まーまー、そんな怒んなって」
「これに怒らずなにに怒る!」
理性的のはずの猿渡くんもさすがに百地会計のこととなると周りが見えなくなる、と。メモメモ。悟は悟でオレの前に腕を出して庇う体制です。
そして百地会計は可愛い顔が歪んでしまっている。怖くないなあ。
「まあ今の話聞いてさ。オレらは百地会計に感謝しなきゃな。ひとりでよく頑張ってくれたな。学園のためにありがと。ジュースのおかわり飲むか?」
ふるふる首を横に振った百地は、しゅんとなって俯いた。
「……もう、がんばりたくないもん」
猿渡に目配せをする。怒りの矛先を失った親衛隊長はおろおろしている。小さい声で「猿渡」と呼んで隣に座っていた悟に抱きついた。こうしなさい。という意味を込めて。
作品名:情報屋と会計とその周辺 作家名:shin3