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でんでろ3
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novelistID. 23343
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山の神様

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彼女は山を愛していた。だから、きっと、彼女は山に愛されていたのだろう。

 彼女は新緑の山道を歩いていた。登山服と言っては失礼だ。今、流行りのやまガールと呼ばれるファッションが、良く似合っていた。とは言え、せいぜい観光牧場でバーベキューする程度の、なんちゃってやまガールではなく、毎週のように、山に登る。週末のたびに、電車の旅を楽しんで山に向かい、そして、山道を歩くのだった。

 ある夜、彼女は、山道に迷い、不安な思いで歩いていた。いつも、日の暮れる時間より、かなりの余裕を見込んで計画を立てる彼女にとって、初めてのことだった。おかしなことに、計画どおりに行動していたはずが、ふと気がつくと、辺りは闇に包まれていた。

 どれくらい歩いただろうか。いきなり彼女の前に一軒のボロ屋が現れた。廃屋のようにも見えた。しかし、良く見ると、窓に微かな光が揺れていた。それは、散々、真っ暗な山道を歩いてきて、暗さに眼のなれた彼女でも、やっと分かる程度のものだった。

 彼女は、その家の窓に近寄り、恐る恐る中をのぞいてみた。すると、小さなロウソクの光が照らす中に、一人のみすぼらしい老人が座っていた。彼女は、一瞬ためらったが、意を決して、窓ガラスを控えめに叩いてみた。すると老人は、すぐに彼女に気付き、窓を開けた。
「どうかなさいましたかの?」
「いえ、実は、山道に迷ってしまい困っています。下山するには、どうしたらよいでしょうか」
「もう、夜も遅い。山道は危険じゃよ。それに、終電も行ってしまった時刻じゃ。今夜はウチに泊まって、明日の朝、降りた方がええ」
「でも、ご迷惑では?」
「なぁに、気楽な老人の一人暮らしじゃ。何の遠慮も要りはせん」

彼女は、玄関に回り、恐る恐る中に入った。中も、外見にたがわず古ぼけていた。彼女は、ロウソクをはさんで老人と向かい合って座った。
「ご迷惑、おかけします」
「なぁに、気にすることはない」
「でも、お礼に出来るようなものも何も持っていなくて…」
「そんなものは、要りやせん」
「でも…」
「どうしても、と言うなら、あんた、何かお菓子を持ってないかね」
「お菓子…、ですか?」
「ああ、こんな山の中で暮らしておると、逆に、そんな物の方が珍しいんじゃ」
「お菓子と言っても、ポップコーンくらいしかないんですが…」
「おおっ、ポップコーンか。久しぶりじゃ」

 彼女と老人は、ポップコーンを食べながら、話をした。
「でも、ロウソクだなんて、停電ですか?」
「ほっほっほっ、この家には始めから電気など通っておらんよ。電気だけじゃない、水道もガスもないぞ」
「不便ではありませんか?」
「なぁに、時間だけはたっぷりあるからのう。家事以外に使うべき時間がなければ、ちょうど良いくらいじゃ」
「でも、本当にありがとうございます。初めて会った私を泊めて下さって」
「…初めてではない」
「えっ?」
「覚えておらんかな?15年前、おまえさんが、中学生になったばかりの頃じゃからなぁ」
「私が?」
「ああ、あれは夕方だった。部活動帰りのおまえさんが、家に帰って食べようとコンビニで買ったポップコーンを、道端で腹を空かせて倒れていたワシにくれたんじゃ」
「…ああっ!」
「思い出したかね?」
「ええ、あなたは、あの時のお爺さんだったんですか?」
「ああ」
「えー、でも、すごい偶然ですね。あっ、偶然じゃなくて神様が会わせてくれたのかも」
「神…か。君は神様は何でも出来ると思っているようだね」
「違うんですか?」
「まぁ、一応、ワシも神のはしくれなんじゃが、腹が減ってどうにもならなくなったりするし、人を呼び寄せるにしても、この山に入った者くらいしか呼び寄せられん」
「あなたが…、神様…?」
「信じるも信じないも自由じゃが、あの時の礼がしたくてな」
次の瞬間、彼女の前に、いきなり一頭の羊が現れた。
「おまえに、これを与えよう」
彼女は驚きで一瞬言葉を失ったが、我に返ると、現実的な問題に気付いた。
「私、アパート暮らしで、こんな大きな羊は飼えません。あっ、ペット禁止だから、小さい動物でもダメなんですけど」
「はっはっはっ、神が与えようというのだから、これはただの羊ではない。これは『生贄の羊』といって一度だけ何でもおまえが望む物になってくれる。その命と引き換えにな」
「命と引き換えに?」
「うむ、考えてもみなさい。物には命がないじゃろう。だから、その羊が物になった瞬間に命が失われるのも道理じゃろう」
「だから、『生贄の羊』…」
「お前さんは優しいのう。大丈夫じゃ。その羊は、姿を変えるときに、何の苦痛も感じることはない。では、さらばじゃ」

老人が消えると同時に、闇は晴れ、彼女と羊だけが残された。
彼女は考えた。しかし、それは、羊を何に変えようか、ということではなかった。
そして、すぐに、決断した。
「おまえはお行き。何にも縛られることはない。普通の羊として生きなさい」
そう言って、羊の尻を叩いた。

 しかし、羊は、数歩、歩いたところで立ち止まると、あろうことか、すっくと二本の脚で立ちあがり、くるりと彼女の方に向き直り、言った。
「おまえは、本当に素晴らしい心の持ち主だ。よって、この『生贄の牛』を与えよう」
「…あの…、そういうの、もういいです…」

         (おしまい)
作品名:山の神様 作家名:でんでろ3