オレンジ
目の前にいる奴が、揺ら揺ら不安定に見えた。春の終わりかけ、鮮烈なオレンジ色の夕日と影とに染まった放課後の教室で、時間が止まってしまったかの様な錯覚を覚えながら俺達は佇んでいた。グラウンドからは暖かな風と共に部活の声が聞こえてくるのに、それすらもこの穏やかでいて息が詰まりそうな空間では俺の耳に届かない。静かだ。アイツには聞こえているのだろうか。窓際で夕日に背を向けて立つ俺と、机ふたつ分の距離で向かい合うアイツ。眩しさに目を眇めながらこちらを見詰める双眸は、きっと俺の弱さも見透かしている。
「また、そんな顔して。」
アイツの唇が開いて、ゆっくりとそう口にした。俺は別に悪いこと等していないのに、咎められている様な気分になって目を反らす。
「俺、言ったよな。何か言いたいことが有るなら溜めずに言えって。そんな顔するな、って。」
最近お前、その顔ばっかだ。
そう言ったアイツの声音が少し寂しそうに聞こえたのは俺の勝手な欲からだろうか。
「べ、つに…何も。なにも、ない…。」
「……俺達、一体何年親友やってると思ってんだよ。もう十年だぞ。……わかんだよ、そんくらい、」
あんまバカにすんな。その声に泣きそうになった。慌てて唇を噛む。背中に照り付ける夕日に身体中の温度が上がって、胸の内側が膨れ上がる。込み上げてくる何かに余計涙が出そうになった。
「俺さ、受け入れるよ。どんな話聞いたって、何を言われたって、お前の味方でいる。お前の傍にいる。だから、そんな――今にも崩れそうな顔、すんな。」
そういったアイツの顔は真剣で、オレンジにきらきらしてて、馬鹿みたいに優しくて、俺はとうとう涙を零した。せめて声だけは出すまいと更に強く唇を噛む。
夕方で、よかった。窓に背を向けていてよかった。
この鋭い逆光では、きっとアイツからは俺の表情なんて見えてない。
――バレなくて、本当によかった。
「…何が苦しいのかわかんないけどさ。言いたくなったら、言え。いつでもいい。破裂しそうになったら、話せ。全部、聞いてやっから。」
ひとりで抱えんなよ。
結局俺は一言も答えられないまま、俯いていた。そんな俺をどう思ったのか、ひどく優しいテノールが、帰ろう、と発して背中を向ける。その温かさに、またどうしようもなく泣きたくなった。
お前は、受け入れてくれるって言ったよな。全部聞いてくれるって、言ったよな。
――もし、俺のこの気持ちを聞いてもお前はまだ、そうやって笑いかけてくれるのか?
こんな風に、お前を想う俺を、受け入れてくれるのか?
なぁ、怖いんだ。こわいんだよ。お前を失うのが、こんなにも――。
オレンジ色に滲んで溶けてしまいそうな背中に、好きだ。呟いた声は、届かない。
――キーン―…
遠くで、球を打つ音が聞こえた。
オレンジ
(ただ眩しさが、痛かった。)