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タンスの反抗期

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タンスは永遠の思春期を生きている。
 しょっぱなから、何言ってんだこの人は、と思うなかれ。ま、ま、聞かれたし。
 タンスは言うことを聞いてくれない。タンスは繊細である。なぜか。
 タンスに服を入れて閉めようとすると、必ず最後に引っかかる。それはまるで中学生の息子のようだ。
 タンスにはつい、ぎゅうぎゅうと服を詰め込んでしまう。もっと入るだろう、もっと入るだろうと思ってしまう。
 だが息子は反抗期である。
「勉強勉強ってうるせえんだよ!あっち行けよ!」
 とグレてしまう。それに毎回、私は怒っているのだ。そう、私はタンスの母である。母は
「あんた、国語や数学や理科や社会を勉強すれば、いい大学行けるんだよ。もっと頑張れ」
 と息子に多大な期待をかけてしまう。これが反抗される原因だ。
 息子は母の気持ちなど我知らずとでも言うかのように、その期待に応えてくれない。いや、分かっている。そもそも自分の息子を自然体以上に伸ばそうとするなんて浅はかなことだ。
 でもお前はそんな器じゃない。やれば出来る、なんて親バカな母は思ってしまうのだ。
 タンスにはもうひとつ、反抗してくる原因があった。
 それは、シールである。タンスには必ず、いくつものシールが貼られている。その家の小さな子供が貼ったものだ。タンスはいいと言ったわけでもないのに勝手に貼られてしまったものだ。
 それはつまり、心の傷、トラウマである。
 タンスが中学生のグレ気味の息子なら、そのうちの小さな子供は、さながら無邪気な弟か妹である。弟や妹はお兄ちゃんに好き放題にジャレてくる。しかし、そんな中で子供特有の傷つけやすさもはらんでいる。
「お兄ちゃんはどうして頭が悪いの?」
 などと妹なんかは言ってしまう。またある時は
「お兄ちゃん、いつになったらバレンタインのチョコもらってくるの?」
 と甘いものが大好きな弟に言われてしまう。
 そんな傷をいくつも付けられたお兄ちゃんは、次第にグレるようになり不良になり、言うことを聞かなくなってしまう。
 タンスがあまりにも毎日反抗してくるので、困った母はタンスの同級生のお母さん友達に相談する。
「うちの息子、全然言うこと聞かなくって……」
 とグチをこぼすと、
「あら、あんたんとこも?うちの息子も反抗期真っ只中よ」
 と共感され、ほかのお母さんも口々に
「言うことを聞かない」
 と怒り出す。
 だが、それを聞いていたあるお母さんがこんなことを言う。
「要するに私たちは、詰め込み教育をしすぎなのよ。もっと大らかになったら子供も伸び伸びと育つわよ」
 このお母さんの息子さんはとても素直ないい子で有名なのだが、コツはあまり熱心に教育しすぎないことだという。
 だから、そういう実績のある意見にほかのお母さんたちは、
「そうね、これからはもっと息子に優しくしましょ」
 と、一瞬だけ優しい気持ちになってしまう。
 さて、帰ってからタンスを見つめる。部屋にはたたんだ服が置かれている。私はタンスに軽くゆとりを持たせて、そっと優しく服をしまう。そして閉じる。するするとスムーズに動いていく引き出し。
「閉まった!」
 タンスと心が通った瞬間である。
 タンスは実はいい奴だ。照れて何も言わないが、
「俺のこと分かってくれて嬉しいよ」
 という気持ちになっているに違いない。母は感動した。そうなれば自然と母はタンスにジャレたくなってしまう。
 タンスの友達が家に遊びに来た時なんかは、ついジュースやお菓子をたくさん持って部屋に入ってしまう。
 すると年頃の息子は
「いいからあっち行けよ!」
 とやはり母に抵抗を示すのであった。
作品名:タンスの反抗期 作家名:ひまわり