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さとがえり

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眠れなかった。
食べて呑んで、いつもなら心地よい酔いに任せてまどろみながら眠りに就くのに、今日ばかりは目が冴えてしまって仕方がない。鵺野は微かに息を吐いて、薄い掛布団を蹴って足元に風を送る。
就寝前の入浴がいけなかったのかも知れない。いや、いけないのは分かっていたのだが汗を流す程度の短い時間ならいいだろうと独り決めして入ったのだが、アルコールとの相乗効果もあって鼓動が少し速い。
何度目かのため息のあと、ふと、やけに静かな隣の寝床を伺うと、玉藻は彼にしては珍しくよく眠っていた。
自分の故郷に帰ってきたというのに同族の里であるがゆえにか、鵺野の身を案じて気を張りつめっぱなしで、彼は少しもリラックスした様子は見せなかったから、その疲れが一気に出ているのだろう。いつになく深く眠っていて、鵺野が多少じたばたした程度では目を覚まさなかった。
何もそこまでしなくても、と感じてしまうくらいに気を張って、むしろ人間社会にいる時よりも警戒している節があり、この座敷にさえ微弱ながらの結界を張っている。
その横顔を見ていると、入浴後のやりとりが思い出された。

『お前さぁ…。妖狐の谷(ここ)に居るときくらいもっとリラックスしたら? て言うか、こっちに来てからの方がデコが険しいぞ、お前』
玉藻の眉間に深々と刻まれたしわをのぞき込み、鵺野は腰にタオルを巻いただけの格好で近づくと指でそれを左右に伸ばす。今し方まで熱い湯に浸かっていた身体からは石けんの匂いが立ちこめている。
『…父については好意を持ってくれている分、まあ、いいんですけどね。色々と手癖は悪いですが…それに…』
『それに?』
『…それにまだ、鵺野(あなた)に関しては油断できない』
しかめ面に少し笑みをにじませて、鵺野の疑問に玉藻はそれだけを伝えた。

分かっている。
永い間反目しあっていた人間とあやかしであるから無理もない。
人も、他人だけでなく肉親でさえも一度こじれたら修復は難しい。
分かってる。承知している。
ただ…ほんの少し、少しだけ切ない気持ちがするだけだ。

鵺野は薄墨色の天井をぼんやりと眺めた。
あやかしの価値観など、たった四半世紀ほどの鵺野の寿命では図れようはずもない。けれども、だからこそ、そのあやかしである玉藻が人間(ひと)に近づいていけばいく度に、端で見ていて切なくなる。何でも無い顔をしていて無理をしているのではないか、妖狐と人間(じぶん)の間で、板挟みになっているのではないか。
鵺野がいくら考えたところでどうにかなる話ではないのだが―

月明かりが障子越しに明るかった。
クーラーもないのに風通しの良い造りの屋敷は、さほどの暑さを感じない。けれど一向に訪れのない眠りに業を煮やして身を起こす。この際結界には気付かなかったことにして、庭でも散歩してみようと寝床を抜けだし濡れ縁へと足を向ける。
「いかがなさいました? 鵺野先生」
鵺野が縁側に姿を現すやいなや、庭のどこかからか、尋ねる声があった。
しかし声はすれども姿は見えず。きょろきょろと辺りをうかがいつつ、声と妖気とを手がかりに返事をする。
「…石蕗丸くんか? いや、ちょっと眠れないから散歩でもしようかと」
「左様ですか。では、ご一緒させて頂きます」
影が揺れたかと思うと、置き石の側に、忍びのような出で立ちそのままに控える石蕗丸の姿があった。
「どうぞ履物を」
丁寧なしぐさで、藺草を綯った紐でこしらえた草履を差し出す。
「ありがとう」
庭は塀代わりに配置された灌木と少しの庭木をのぞいては岩と飛び石と玉砂利とで作られたものなので、歩くたびにざく、ざく、と小石が鳴る。闇に集く虫の音を聞きながら、二人ともこれといって会話がないまま、ひたすら只ざく、ざく、と歩く。
「…あー…、石蕗丸くん」
「どうぞ、石蕗丸とお呼び下さい、鵺野先生」
「…んー、キミは姿こそうちのクラスの子供たちと変わらなく見えるけど、本当は俺より年上だろう? だったら…せめて『石蕗くん』で手を打たないか?」
「……そう仰るのならば…」
不承不承ながら石蕗丸は頷いた。鵺野は満足し、そしてここぞとばかりに前々から気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「よし、決まり。……そうだ、ついでと言っては何だけど…聞いてもいいかな?」
「なんでしょう?」
「その格好、暑くないのかい?」
「いえ、これは変化の術にて見立てたもので、実際の服ではありません。自前ですから、見た目ほど暑くは」
『自前』という表現がなんとも微笑ましく、自然と鵺野は優しげな眼差しになる。
「あー、そうなんだ。自前ねー…。いや、君はかなり人間そっくりだから普通に着ているものかと思って」
「有難うございます。でも耳も尻尾も未だに出たままで…恥ずかしいのです。…いつかは玉藻さまのように人化の術を会得したいです」
単なる付属品ではない耳と尻尾は、少年の心情を素直に反映してせわしなく動く。
「あれ、じゃあその姿は?」
「この姿は変化の術なんです。もう少し修練を積めば完全に会得できるところまでは来ているのですが…あと一歩がなかなか難しくて」
「そんなに人間に近くても、まだ変化の術? じゃあ人化の術はホントに特別なんだな」
「そうです。人化の術は特別です。ゆえに使用する髑髏は慎重に選ばねばなりませんし、合わないものを使えば…副作用があります」
「…副作用……」
互いに、その一言で足を止め、心を同じ時間へと巻き戻す。
それは、ほんの数日前のようでもあり、何年も、何十年も前のような気もする。

玉藻の命を永らえさせるために現れた石蕗丸。
己の寿命のために子供の命を奪うのを良しとしなかった玉藻。
玉藻の命乞いの為、恐れもせずに九尾と相対した鵺野。

あの時、九尾の強大さに心底震え上がった自分を、自我すらもなくした身でかばってくれた玉藻のことを鵺野はおそらく生涯忘れないだろうと思う。
彼の心の輝きは―誰よりも眩しく、美しく、強かった。
「―鵺野先生」
「石蕗くん?」
夜風に、少年の前髪が千々に乱れる。意志の強い大きな藍色の瞳が鵺野の目をひたと見つめる。ふいに身を沈め、玉砂利に片膝を付き頭(こうべ)を垂れた。
「どうか…どうか、承知置き下さい。この石蕗丸、何があろうとも玉藻さまと、…あなたさまのお味方ですから」
慌てる鵺野を意に介さず、決意を述べると真摯なまなざしを注いだ。
彼にとって玉藻は、何よりも大切で、目標で、憧れで。その玉藻が想う鵺野の事も守っていきたいと願う一途な思いは―人にはとても真似の出来ない真っ直ぐさだった。
「……うん。有難う」
鵺野は照れながら、片膝の石蕗丸に向かって手を差しのべた。



散歩のお陰でようやく寝付けた鵺野は、不思議な夢を見た。夕方、九尾の屋敷で待たされていた時に出会った少女が現れたのだ。

『遊びましょ』

少女は、その姿に不釣り合いなほど妖しく微笑み、白魚のような手を差しのべた―

作品名:さとがえり 作家名:さねかずら