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愛の形

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狂愛




壊れた貴方をもっともっと壊してみたくて堪らなくなるの。


彼女はあの人の首を絞めながら笑って言った。大好きよ、と。
僕が彼女に初めて会ったのは高坂さんの事務所だった。
僕は驚いた。さっきまで僕に向かって愛の無い世界を説いていた高坂さんが、彼女―――吉永桜さんが現れた途端に表情を豹変させたからだ。
高坂さんは怯えていたのだ。
あの香坂清司が。こんなにも白くて細い、一人の女の人に。
それは僕が初めて見る高坂さんの人間らしい顔だった。
吉永さんは入って来るなりこう言った。
「どこに言っていたの清司。探したじゃない」
この言葉で僕はこの人は高坂さんの恋人なのだと思った。
無愛を語る割にはちゃんと恋人がいるじゃないか。僕は少し安心したのだ。
だが高坂さんは何も返事をしなかった。
僕は隣に立つ高坂さんを見上げた。すると高坂さんは何故か彼女の方を見て瞬きもせずに固まっていた。
口の端から漏れ出す息が荒かった。良く見ると手や足も震えていた。
すぐに分かった。この人は怯えているのだと。
でも高坂さんはいつも気に入らない人間にしているようにはしなかった。
嫌味の一つも出てこない。怒鳴って追い返しもしない。
その姿は、例えるならば恐怖の対象に怯える子供に最も近しかった。
次の瞬間、高坂さんは床に倒れていた。
あまりの光景に我が目を疑った。吉永さんが、突然高坂さんを突き飛ばしたのだ。
でも高坂さんは何も言わない。
いや、何も言えないという方が正しいか。
バキ、と鈍い音が鳴った。吉永さんが、日傘で高坂さんの頬を殴った音だった。
先端の鉄で出来た部分に当たったのか、高坂さんの頬には長く赤い線が走っていた。
僕は慌てて止めに入った。止めてください、何をするんですかと。
だが吉永さんは僕の存在を全く認識していなかった。吉永さんのどの器官も僕を感知していなかった。
「どうしたの。泣かないの?」
吉永さんは不思議そうに尋ねた。
「どうして泣かないの。もっと困った顔をしなさい。もっと嫌がりなさい。痛がりなさい。怖がりなさい。抵抗しなさい。喚きなさい。怒った顔で泣くのよ。傷ついた顔で泣くの。早く私の事を大嫌いと叫びなさい」
穏やかに微笑んだまま、吉永さんはそう言って香坂さんの傍にしゃがみ込んだ。
そしてその首に、僕の首に高坂さんが付けた噛み痕よりももっと深い噛み痕を残した。
皮が剥がれ、くっきりとした歯型からは赤い液体が滲んでいる。
それはやがて鎖骨へと垂れ、高坂さんの白いシャツの襟に丸く赤い斑点模様を描いた。
殴られた鼻は赤くなり、少し鼻血も出ているようだった。
「大好きよ」
吉永さんは高坂さんの首を絞めながら、見開かれた眼球を舌で舐めた。
これが僕と吉永さんの出会い。
吉永さんは僕を知っているけれど、僕の姿を見た事はまだ一度も無い。
高坂さんは僕を睨み付けながら自分のことを壊れていると言っていた。
吉永さんは笑いながら壊れた貴方を壊すのが幸せなのと言っていた。
人を傷付けることばかりしてしまう高坂さんを徹底的に傷付けることが吉永さんの幸せらしい。
大好きよ、大好きよと何度も繰り返し言う吉永さんの口から、愛しているという言葉を聞いた事は無い。
これは僕の推察でしか無いが、吉永さんはきっと高坂さんの事を愛していない。
香坂清司という人間が壊れていく様をみるのが堪らなく好きなのだろう。
彼の泣き顔に惚れこんでしまったのだろう。
反対に、高坂さんは吉永さんを愛していると僕は思う。
どれだけ殴られていても首を絞められていても、高坂さんは絶対に抵抗しないのだ。
されるがままに傷付けられて、気絶するまで痛め付けられても。
それでも高坂さんはここにいるのだ。吉永さんが訪れるこの事務所に。
「大好きよ」
彼女はそう言って今日も高坂さんの左足にナイフを突き立てた。


作品名:愛の形 作家名:矢吹