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誰も知らない片想い

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「苑枝くんてさ、本命のコいないの?」


その言葉に、即答できなかった。



    ---誰も知らない片想い--



がちゃりとノブを捻り扉を開け、帰宅の言葉を発する。

「ただいまー、っと」

まぁ、一人暮らしでも言うもんは言うのだ、挨拶は習慣として植え付けるべきことである。なんて考えていたら、
「ほはへひー」
間の抜けた返事が返ってきた。
まさかと思い覗き込むと、実弟こと神崎処葉が棒付き飴をくわえながら調理場に立っていた。
処葉は少し伸ばした髪を緩く結んでおり、身体の線の細さが中性的な雰囲気を見せ、一見すれば女性的ともとれる。
「随分遠い学校だったね?朝帰り兄貴」
今日が土曜日で良かったねー、などと、なかなかの厭味を投げ掛ける弟に、がっくりと力が抜けるのがわかった。

「こっちは付き合いがあるんだよ」

スポーツバッグをぼす、と床に置いて、処葉の隣へ移動する。
軽い朝食を作っているようだった。合鍵は渡してあるので、勝手知ったるなんとやら、と言うことで、弟がいつの間にか泊まりに来ることは結構な頻度で多発していた。
「………」
ふと処葉が自分の顔をまじまじと見るようして黙り込んだので、何だと首を傾げたら、
「前の人とは違う香水の匂いがする」
などと宣ったのでデコピン一発。
「いったぁ」
痛いやり方をしたので当たり前である。何をしゃあしゃあと言ってのけたんだこの弟は。
「それ前も言ってたな…」
そういえば、と口に出してハッとする。わかってんじゃん、とにんやりする弟の後頭部をパシッと小突いた。
要するに、オブラートに包んで〝付き合いが広いんですね〟と言いたいわけか。
「ねぇ、前も聞いたけどさ」
処葉が肩を落として呆れたように問う。
「本命いないわけ?」
「………………」
口をついて出る、なんてことは無かった。
「お?なになに、いんの?」
沈黙を肯定ととらえたらしい処葉が少し面白そうに突き体制に入ったので軽くあしらうように答えた。
「ソレ、今日も言われた」
その返答に処葉は、誰に、とは聞かなかった。
「ふぅん…やっぱ皆思うのか」
寧ろ納得したようなのか、唇を尖らせ軽やかにフライパンを浮かせる。処葉がこれ以上突く様子が無いので、この話はここで打ち切りとなる。
「俺、シャワー浴びる」
はあー、と息を吐いて、ぐったりした気分で、部屋着とタオルを手にして相手に告げた。
「あいあい、…メシ食った?」
頷いてから、はたと気付いた様子の処葉が首を傾げた。
「………そういや食ってねぇや」
すっかり忘れていた。泊まった矢先で食べなよと言われたが断っていたのだ、世話になりすぎるのも良くない。
「んじゃ二人分用意しておくから」
気の利く弟が冷蔵庫を開けながら言葉を投げた。
「どーも」
前に「別に良い」と答えたら朝食が如何に生活リズムを正すのか等を説教されたので、拒否することは無くなったのである。
まったく、この兄にして何故あんな出来た弟がいるのやら、と溜息を吐いた。そのくせ弟は自分の真似をしたがる。謎である。

───本命、ねぇ

散々訊かれるソレに段々諦めがついてきた気がする。
〝いるよ〟
それだけの言葉が出て来ない。
惚れた腫れたが楽しい年代なのはわかっているが、どうにも本命となると迂闊に話も出来ない自分がもどかしい。
………ああ、わかった。自分はからかわれたく無いのだろう。いつもの軽い調子で声がかけられない自分を知られたら、なんと思われるのか怖いのだ。そんな小さな虚勢心が喉を引っ掻けさせる。そうか、そんなつまんない意地だったか。

シャワーから出たら、弟に切り出そう。
彼はなんと答えるだろうか。

彼の事だから、少し笑って、相手の事を訊くに違い無いのだろう。


それもまた良い。
そんな風に思えて来たのも、進歩だろうか。






 誰も知らなかった片想い。




End
作品名:誰も知らない片想い 作家名:curoko