ファントム・ローズ
きっとローズなんかは、もっと多くのリンクが見えて、その行き先もわかるのかもしれない。
僕は彼女に近づき空間の亀裂に指先を入れた。はじめは小さい隙間だったのが、手が全部這入るほどの隙間に広がった。そして、指先から痺れる感覚がする。僕はこの感覚が好きじゃない。なんていうか、強い引力に吸いこまれるって感じだろうか。吸い込まれて自分が消えてしまうんじゃないかって不安感がある。
世界と世界は引き合っている。
けれど、うまいバランスを取りながらぶつからずに存在している。惑星の公転に似ているかも知れない。太陽系、銀河、宇宙、それらの法則と似たものが、この幾多もある世界にあったって不思議じゃない。
今、僕が手を入れている先はどこに繋がっているのだろうか。
もうひじまで中に入っている。
けれど、僕は腕を引いた。指先を痺れさせる不快感。
そして僕は振り返る。
それは声がした方向だ。
声の主は同じ言葉を繰り返す。
「春日」
僕の名前だ。衝撃的だった。この世界で僕が認知されている。
驚く僕に今居は不審そうな顔をした。
「なんか反応しろよ、じっとこっち見てなんかあったか?」
こいつとはよくつるんでいた。でも、ここは今居の世界ですらなお場所だぞ?
どうして僕が……。
「……ッ!?」
僕はさらに驚いた。
リンクが見える。今居の周りにリンクが見えている。それもこの世界の主人公と同じくらいの濃さだ。
いつの間にか今居の世界にきた?
いや――僕は振り返って確かめた。彼女は楽しそうに友達と話し、その周りにはリンクが見えた。
ここはだれの世界なんだ?
「そこでそーやってぼーとしてろよ」
今居はそういいながら僕の横を通り過ぎ、あの子の横に立った。そう、この世界の主人公の彼女だ。
その瞬間、リンクがより見えるようになった。これはすごい、二人を中心にまるで蜘蛛の巣のように教室中にリンクが張り巡らされ、さらに廊下のほうまで。
それだけじゃない。世界の色が明らかに違う。明るくなったというか、鮮やかさがよくなったように感じる。
なにが起きた?
今居は彼女になにやらコソコソと話すと、さらに世界が鮮やかになった。
そして今居はまた僕の横を通り過ぎようとした。
そこで僕は質問を投げかける。
「もしかして付き合ってるの?」
二人を見ていてそう感じた。
「ちょっと前からな」
僕の知らない事実、ここでは史実というべきか、僕の世界ではふたりは付き合ってなかった、断言できる。なぜなら、今居はあの子に惚れていて、その話しは聞いたけど、付き合えてはなかったからだ。今居はあの子に告白してフラれている。
僕は感じたふたりはリンクしている。
世界はひとりひとりに与えられているけれど、その世界が交じり合う可能性については前々から考えていた。それはミラーのやろうとしていたことにも繋がることだからだ。
この世界で僕の影が濃くなる。おそらく今居の近くにいるときは、この世界での僕の認知度が高くなるのだろう。
もう少しこの世界にいよう。
世界に認知される方法は僕のためだけでなく、アスカを取り戻すことにも繋がる。
「ちょっと前っていつからだよ、ぜんぜん気づかなかった」
今居との会話を繋ぐ。こうやって関わることは繋がりを強くすることになる。
「俺もずっと片思いのままで終わるのかって思ってたんだけど、あいつ好きなやつがいたから……?」
言葉の途中で首を傾げた。
「そういやあいつだれのことが好きだったんだ?」
僕は知っている。僕らの関係はこのごろ――このごろというのは、この僕からすれば過去の話だけど、かなり微妙な関係だった。
好かれていたのは僕だった。けれど僕にはアスカがいて、あの子はそれでも僕のことが好きらしく、今居は僕とあの子の間で板挟みになっていた。
おそらく、僕が?弾かれた?せいで修正されたんだろう。僕という障害がいなくなった歴史。
しかし、この世界に僕はいる。
それによってなにか変わるのだろうか?
僕はあの子を見つめた。
目が合った。
すぐに向こうから目を逸らされた。
今居が不審そうに僕を睨む。
「俺の彼女だから手出すなよ」
「出さないよ」
「おまえも早くカノジョつくれよ」
「…………」
僕は言葉を失った。わかっていてもつらい。
「椎名アスカって知ってる?」
思わず尋ねてしまった。
「そいつのことが好きなのか? ほかのクラスか学年か?」
「幼なじみなんだ」
「そっか、違う学校か」
アスカはここにいる!
今、僕の真横に立ってるじゃないか!
(ねぇ、涼ちゃん。さっきからムシして、そーゆーイジワルすると怒るよ!)
今居には、このクラスのみんなには、この世界の住人たちには見えていない。僕の横に立っているアスカの姿、アスカの声、アスカの存在が忘れられている。
のっぺらぼうのアスカが僕の顔を覗き込んでいる。
「早退する」
僕は教室を足早に抜け出した。
うしろから聞こえてくる声。
「おまえ遅刻してきたのに、帰るやつが……」
今居の声が遠くなる。
景色の色も少し薄くなった気がする。
アスカが追いかけてきた。
(涼ちゃん変だよ)
「少し疲れてるだけだよ」
(心配だよ、絶対今日の涼ちゃん変だもん)
これは僕の頭の中だけに聞こえる声なのか?
アスカはいない?
だとしたら現実ってなんなんだよ。僕の周りの景色は色あせ、どんどん透明になっていく。こんな世界が現実?
多くの人々はなにも知らずに生きている。
現実か、幻か、そんなことを考えるのくだらないことだ。
僕にはアスカの姿が見え、その声を聞くことができる。まだまだ昔のアスカにはほど遠い。けど、アスカはたしかに存在している。
(キャーーーーーッ!)
急にアスカが悲鳴をあげた。
僕は絶望で声を失った。
切り裂かれ頭の先から股まで真っ二つにされているアスカ。血は出ない、なぜなら身体の中は空っぽで、断面には底なしの闇が広がっていた。
アスカが斬られた。それも衝撃的だったけど、斬った相手はアスカを認知しているってことだ。
ドロドロになって溶けたアスカが、闇色の靄になって僕の身体に吸収される。
「だれだ!」
叫びながら辺りを見回す。
――いない?
いや、気配がする。
目では見えない。けれど、微かに気配がする。かなり近い位置になにかがいる。
認知できない?
さらに目を凝らすと、だんだんと見えてきた。
そして、僕と目が合ったと気づいた彼は険しい顔をしていた。
「残念だ」
作品名:ファントム・ローズ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)