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でんでろ3
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novelistID. 23343
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ナレーター

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世の中には、気付かずに過ごせれば、その方が良いものもある。少なくとも、彼は今、非常に後悔している。気付かなければ良かった、と。

「って、何を偉そうに、言っとるんだ?」

彼、佐藤俊夫23歳。超就職氷河期で大学を卒業しても正社員の職にありつくことが出来ず、かと言って、「故郷に帰るのは、何か負けたような気がする」とか言って、都会にしがみつき、バイトで細々、食い繋いでいる、うだつの上がらないデブこそが、本編の主人公である。

「だからさ、全部聞こえてんだよ。『うだつの上がらない』とか『デブ』とか」

言っておくが、彼の周りには誰も居ない。なのに、会話をするかのように独り言を言っている。

「うっせーな。白々しいんだよ!」

あらぬ方向に、毒づいている。

「だから、無視するんじゃねぇ。この糞ナレーターが!」

あーあ、言っちゃった。

「言っちゃった、って何だよ」

もうちょっと、引っ張ればいいのに。

「読んでる方は、訳が分からねぇだろ!」

そう、何を隠そう彼の特殊能力は、ナレーターの声を聞き、あまつさえ、会話まで出来てしまうことだった。

「特殊でもなんでも…。いや、かなり特殊だが…。何も有り難くねーんだよ!」

どうして、こんなことになったかと言うと、話は1週間前にさかのぼる。

「あっ、こら、勝手に場面変えるな!」

   -+-+-+-+-+-+-

 彼は、その日、徹夜でバイトをして、やっと、昼前に帰宅の途についたのだった。かなりの疲労が彼の体力と集中力を奪っていた。そして、ふらふらと、不用意に交差点に出たその瞬間…。

…1台の幼児の乗った三輪車が、彼の向こうずねに当たった。

「いってー!」
「デブのおっさん、気を付けなよ」
「みつるちゃん。こんなオタクと口きいちゃ、いけません」

母子は、そそくさと立ち去ってしまった。

「ばかやろー、デブ・イコール・オタクじゃねーよ!」

怒るポイントは、そこなのだろうか?

「ん?」

彼は、何かに疑問を感じて首をひねった。そして、辺りを見回した。

「『見回した』じゃねぇよ。さっきから、俺のこと、実況中継してる奴、出てこい!」

変なことを言う…?彼の周りには、誰も居ない…。

「バカか?てめぇ!おまえだ!おまえ!今、『変なことを言う』とか、『誰も居ない』とか言ったお前自身だっ!」

えっ、えええー?おまえ、俺の声が聞こえるの?

「いちいちズレたこと言いやがって!出て来いっ!」

それは、出来ない。

「あぁ?なんだと、この卑怯者!こそこそ隠れてないで、出て来い!」

い、いや、出るべき肉体が無い。

「…な、なに?ま、まさか、幽霊?」

ブッブー、違います。

「じゃあ、何だ?」

あなたのナレーターです。

「ナレーター?」

そう、ナレーター。

「はぁ?訳分からん」

いや、良く言うでしょ。人は誰でも、自分という物語の主人公。脇役人生なんて無いんだよ。

「けっ、きれいごと言いやがって」

いやいや、事実ですよ。ただ、物語が面白い人もいれば、糞つまらん人もいるだけで。

「それは、酷いんじゃないか?」

しょうがないでしょう。人生は、筋書きのないドラマですから、仕込んだり、盛ったり、出来ません。

「でも、何で急に、お前の声が、聞こえるようになったんだよ」

あぁ、それは、ほら、さっき三輪車が向こうずねに、ぶつかったでしょう。

「あぁ、ぶつかったなぁ。けど、それが、どうした?」

いや、「どうした?」じゃなくて、あれが、きっかけ。

「え?」

いや、だから、あの強烈な痛みで能力に目覚めたとしか考えられない。

「いや、ちょっと待て。そう言うのって、普通、4トントラックとか、高圧電流とか、…」

それじゃ、死んじゃうでしょ。

「いや、だから、普通なら死んでしまうようなことを乗り越えて、初めてスーパーパワーが身に付くんじゃ…」

いや、この程度の能力なら、これで十分。

「いや、自ら『この程度』って…」

いや、実際、百害あって一利なし。何も良い事ないよ。

「いやいやいや、何、開き直ってるの?あるでしょ?何か」

ない!

「きっぱりとぶっちゃけるねぇ。だって…、あっ、そうだ。おまえ、俺の人生の物語のナレーターだったら、俺の未来を知ってるんじゃないのか?」

知らん!

「知らん!って、だって、ほら、良く『しかし、この別れが、最後の別れになろうとは、知る由もなかった』的なナレーションが入ったりすることあるじゃん」

あるね。

「だから、少しは、未来のこと、知ってるんじゃぁ…」

はっはっはっ、伏線張りまくって、使わずじまいなんて良くあることさっ。

「なんだとぉう?ナレーションを信じられなかったら、話が成り立たないだろう?」

そんなこと言われてもなぁ。

「例えば、推理小説でナレーターが、散々、読者を、あちこち引きずり回しといて、『実は、私が犯人でしたー』なんて言ったら、読者ブチ切れるぞ」

おっ、それナイス!いっただきー!

「良くねーよ」

まぁまぁ、現実世界で、それはない。俺たち肉体ないから。

「でも、少しでも分からないのか。次回予告程度のこと」

ウチは、そう言うの無しってことで、コスト抑えてるから。

「なんのコストだよ。って言うか、金、取ってんのか?」

まぁ、日雇い派遣の下請けの孫請けの初めてのお使いの代理のパートって感じだけど…。

「それ、本当に、金もらえるのか?」

はっ、仕事ってのは、金だけのためにするんじゃないぜ。

「急に、イイ奴ぶってないか?」

福利厚生とかも大事だぜっ!

「ぶち壊し…」

   -+-+-+-+-+-+-

「とにかく、おまえ、どっか行ってくれないか?」

どこかって、台所か?

「そう言う小規模なんじゃなくて…」

分かった。遠くへ行くよ。

「本当か?」

3秒間だけ。

「そう言う短期間じゃなくて…」

はぁ?じゃあ、どうしろって言うんだよ。

「だから、俺は自分一人でやっていくから、おまえなんか要らないって言ってるんだよっ」

えっ?おまえ、自分一人でやってくの?

「そうだよ」

ずっと?

「そうだっ!」

それを、早く言えよ。協定違反になっちまうじゃねえか。

「協定…?」

まっ、そういうことなら、俺は、お役御免だ。あばよっ!

「…えっ?あっけないなー。こんなんで、追い払えたの?
 『俺は、そう言って、こんなことならもっと早くやれば良かった、と考えた』
あっ、あれ?俺、今、変なこと、口走ったぞ。
 『そう言って、俺は、自分の口や喉を押さえた』
いや、俺、何を口走ってるんだ?
 『うるせえなぁ、おまえが自分一人でやってぐって言って、ナレーターをクビに
  したんだろうが』
お、おまえは、誰だ?
 『分かんねぇ野郎だなぁ。俺は、ナレーターの代わりに来たモノローグだ。
  以後、よろしく』」

                    (おしまい)
作品名:ナレーター 作家名:でんでろ3