工場の娘さん
道楽じみた熟練のおじいさんたちのなかで、あなたのかたくなそうに引き結ばれたくちびるはそれだけで目をひいた。そう年のかわらない学生たちのなかで、無骨で油で黒ずんだゆびさき、使い古した作業着。あなたに似たひとなど誰もいない。だからすぐにわかる。それが嬉しかった。
そしてひどく厳しかった。暗黙の了解、形骸化したきまりを、職員のなかでひとりだけきちりと守り、わたしが帽子や保護めがねひとつ忘れただけでたいそう怒った。
「顔は女の宝だ」
大事にしろ。ときめく言葉を吐き捨てるよう言う。普段ろくに喋りもしないくせに、急にそんな昭和の男みたいなことを言うからおかしい。すこし長い、黒体のようにふかい色をした前髪の奥、ちいさな傷跡があることをわたしは知っている。見るたびに、削られて熱くなった切粉がそこを抉る場面を想像する。不器用なひとだった。少なくともわたしにはそう思えた。
そのくせ加工の技術は飛び抜けていて、わたしは彼が工作機械を扱う姿にいつも見惚れてしまう。未熟なわたしはX軸、Y軸、いちいちゆっくり操作するのに、彼はなめらかに斜めに動かすことが出来る。三次元でもそれは同様だ。
「神崎さん」
呼ばれて、あなたは顔を上げた。木曜の午後は授業がないので、出来るだけ工場に入るようにしている。午後一番はひとが少ない。職員のおじいさんは、遅いお昼だとか、趣味のテニスだとか、一服だとか。先輩たちは、あのひとたちは趣味で仕事をしているという。わたしもそう思う。
けれでもあなただけはかならずいて、わたしはその理由が、一番若いからだとか、そういったことだけではないことを知っている。
「これ、つくりたいんですけど」
「どれ」
図面を差し出す。簡単なカラーだった。材料も鉄。外径を削って、ドリルで穴を空けて、突っ切り。初歩の初歩。
「見てやろう」
しかし、あなたは立ち上がる。この前、わたしが突っ切りバイトを折ったことをまだ気にしているのかもしれない。わたしの不始末だから仕様がない。嬉しいとは思ってはいけない。
あなたは、いちばん親しみのある汎用旋盤にわたしを案内した。配電盤の電源をオンにしながら口を開く。
「どの機械が好きだ?」
「汎用旋盤がすきです」
珍しくあなたから出た問いかけに、わたしは即答した。内容か、返事の早さか、もしくはその両方に反応して、切れ長の目がすこしだけ丸くなる。
それは工場の中で一番古いことが一目でわかる。放電加工機だとか、NC旋盤とか、新しくて便利な機械とは違う。便利な機械は便利すぎて、わたしにはまだ使いこなすことが出来ない。フライス盤は手応えがなくて少し苦手。古く、昔ながらの機械だけれど、あなたみたいなひとが操れば、最新のコンピューター制御のものよりよっぽど精度が出ることをわたしは知っている。わたしにとって重いハ
ンドルが軽くまわり、材料が型どられてゆく。あなたの横顔はそれを行っている
ときがいちばん綺麗。もちろんそれだけが理由ではなく、なによりもわたしは、削る感触が直接感じられる汎用旋盤がいちばんすきだ。
「そうか」
ほんの一瞬、あなたの表情がやさしくとける。
「おれもこいつがいちばんすきだよ」
「ええ」
このこがいちばんなめらかに動くときをわたしは知ってる。