月が見守る日。
テレビ局と言う空間は、時間のねじれた場所ではないかと思うときがある。
音楽番組の収録をするためにスタジオ入りした時は、月はあんなふうに微笑んでいなかった。
「コウ、どないしたん？」
車外を流れる風景に気を取られていると、隣りに座った大地が声を潜めて聞いてきた。
自分たちの兄のような存在のマネージャーさんが運転してくれる車内も、今は静かだ。
現に、三列シートの真ん中に座っている旭と久哉は眠っているようだった。
車が風を切る音と人の優しい呼吸音だけが聞こえる。
「いんや、お月さんが綺麗やなぁと思って。」
「ほんまやね。」
俺の座っている側の窓から二人で夜空を切り取って、囁きあう様に話をする。
それはなんだか、この前見に行った美術館で、絵を二人で覗き込んだことを思い出させた。
「今日、ツカレタなぁ」
「そうやなぁ。んでも、・・・・充実しとった。」
「うん」
大地は、窓に寄せていた体からふと力をぬくと、車のクッションに本格的に身を預けた。
「俺の肩、つこうてええよ。」
「ええよ。おおきに、気持ちだけもろうとく」
大地は、俺に向かってにっこり笑う。
黒目がちの大きな瞳に道行く街灯の灯り反射していた。
でも、その笑顔も疲労の色が伺えて、ほんの少し胸が痛んだ。
「大地、エンリョはナシや。」
「・・・・・ん、悪いやろ？煌やって疲れとるはずや。」
「ええ。」
大地の頭に腕をのばして俺の肩に乗せてやる。
肩には心地よい温度と重さ、そして人の生きている振動を感じた。
肩ぐらいいくらでも使えばいいと思う。
大地は、リーダーとして多くのものを人より背負い込んで、それでも優しく笑っている。
俺には代わってやることができないから、せめて彼が安らぐところぐらいは守りたかった。
自分にとって、肩を貸してやることぐらいなんてことはない。
いつも俺は甘えさせてもらっているのだから、こういうときぐらい支えさせてほしい。
こうして誰かと触れ合っていると、何となく家族を思い出すときがある。
家族で出かけた帰り、疲れ果てた俺と兄貴は、車の後部座席よく肩を貸し合って眠っていた。
父さんと、母さんはそんな俺たち兄弟を見れて幸せだと、よく笑う。
車が道を走る振動と、風をきる音が今の静寂を演出し、その中でわずかに聞こえる呼吸音と人のいる気配が愛しかった。
時々こんな場面に出会うと、自分たちの中に家族を見るときがある。
そういえば、時に血よりも濃いものを築き上げることがあると歌っていたのは誰だっただろうか？
左肩からゆったりと深い息が聞こえ、伝わって溶け込む温度が俺の中に落ちてきて、心地よい眠りに誘われる。
俺は、肩の上の大地の頭に重なるように自分の頭を預けると、頬に彼の柔らかい髪の感触を感じ、甘い整髪料の香りが鼻をくすぐった。
車内を包んでいる優しい空気に俺は安心し瞼を閉じようとしたとき、窓からスモッグかかった月が笑った気がした。
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「煌と大地かわいい。小さい子供みたい」
「そうやな。静かでええし。」
「見てないで、起こしてやれよ。家でゆっくり休んだ方がいい。」
「はい。」
「あ、待って。折角だから携帯で撮ってから起こそう。」
「・・・・久哉。」
「でも、本当に兄弟みたいだな。」