君の存在
あの雨のなか、
その声に
気がついたのは、君だけ。
『 君の存在 』
その日も雨だった。
梅雨独特の気候の中を一人、彼女は歩いていた。
傘は赤く、格好は制服姿で、家路を急いでいる。
(ついていないな。今日は雨が降らないいっていったから自転車で来ちゃったよ。)
雨は、シトシトと静かに降っていて、車が通ると濡れた道の音がした。
木々は水滴を少しずつ落とし、春先に聞こえた鳥の声が今はしない。
どちらかと言えば、静かな住宅街の中を走る道を彼女は歩く。
この住宅街は昔からのお屋敷が多く、一軒一軒が大きく、また庭も広い。
そして、何処へともつづく細いわき道が何本も入り組んでいた。
彼女は家のすぐ近くの古い公園の脇を通る。
すると彼女の視界に、紺色の傘が目に留まった。
不思議に思って、立ち止まると見覚えのある背中が見えた。
「お前、どこの猫?これ、飲むか?」
「ミャーァ」
「わかったよ、取ったりしないからゆっくり飲みな。」
彼はトラ猫の頭をなでて、プラスチックの更にミルクを入れていた。
猫はボロボロの段ボール箱に入れられていて、ヒドクやせ細っていた。
ミルクを猫が飲む間、彼は優しいまなざしでその様子を眺めていた。
やがて、ミルクを飲み終わった猫が彼の方を向いた。
彼は猫を再びなでる。
「なぁ、お前、うち、来るか?」
「ミャーア」
「そうか。」
猫が返事をすると、彼は大きな手の平に子猫を乗せて、立ち上がる。
そうして、彼は最後まで彼女には気がつかずに公園の反対側から行ってしまった。
長身の彼を小さな子猫の様子が微笑ましくて、彼女は微笑んだ。
(彼はきっと、照れ屋だから今日のことを話したら眉間にしわを寄せるだろう。)
そんなことを思いながらも、心はただ温かだった。
数ヵ月後、彼女はあの子猫と再び出会う。
でもそれは、また別のおはなし。
『雨の中コネコと遊ぶあなたを見ました。きっかけはそんなこと』