みどりの侵略
自分はなぜか森にいた。辺りを見渡すとこけがびっしり付着した幹しか見えなかった。上を見上げると広葉樹の枝が入り組んでいて、一歩踏みしめる地面すら緑だった。
地図も磁石も持っていない。だが、しめった心地のよい森の空気に誘われて、気付けば歩き出していた。
平地なのかも分からないが、下りでもなく上りでもない大地が続いた。すれ違うのは木、木、木。一体どこまで続くのだろうと思う。きっとどこまでも続くのだろうと思った。
しばらく歩いているうちに、同じところをぐるぐるとまわっているような気がしてきた。下りもなく上りもない。どこを見ても様々な緑と森の主のような顔をした茶色だけ。だんだん背中に違和感がはいのぼってきて、まるで森の木々たちに追いかけられているように思えた。
徐徐に歩く速度が早くなる。
耳に届くのは生き物たちが生きている音。風も吹かず川の流れもない森で、音を出すのはそれだけだった。あとに尾を引くのは、重く湿った沈黙。自分が通り過ぎた木々たちが、無言でこちらを見つめている。
追いかけてくる。
木々がこちらを見ながら追ってくる音が聞こえるのに。大地に生える草やこけを、沢山の足が踏み鳴らす音が聞こえるのに。耳には無音しか残らない。かりかり。じーこじーこ。生命が息づく音は聞こえるのに。あとには何も残らない。
いつの間にか自分は走り出していた。木々一本ごとにつまっている森が自分を追っていることを肌で感じていた。木々にこびりつくこけがちらつく。踏みしめる足から侵入される。何が?何を?どこまで。
こけが木の幹を進攻する。地面が草に蹂躙される。どこまで見ても緑で、どこまで見ても緑だった。
目に映る景色が緑だけになったとき、俺は立ち止まった。まるで呼ばれたように頭上を見上げた。葉の間から空が見えた。その空に、緑に侵略されていく自分の姿がうつっているように見えた。
俺は緑に殺された。