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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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第四章



 朝日が昇る頃、奥州の武士たちは、かつての鎌倉との戦においてもそうしたように、大社の下に集まった。
 大社の頭頂部に、泰衡の姿は在った。望美は同じ大社の頂、その社の内から、眼下の軍勢と向かい合っている背中を見ていた。兵士たちに、彼は何か語っている。しかし、望美はそれを聞いているわけでもなかった。ただ、その姿を見つめるばかりだ。
「心配でしょうな」
 声をかけてきたのは、国衡だ。望美は、唇の端に笑みを浮かべる。寂しい気持ちを誤魔化せない、僅かばかり歪んだ形だけれど。
「一緒に戦いたいと思っているのは、今も同じなんですよ。でも、仕方ないの。泰衡さんは、私が泰衡さんを失えないと思うように、私を失いたくないと思ってくれてるんです。……私は、泰衡さんのために、ここで生きてるんですから」
 自分がもしも死んでしまったなら、辛いのは泰衡だ。彼はどうあっても、戦わずにいられぬ立場、そしてそういう気質の人なのだから、行くしかない。けれど望美は、待つことこそが本来という位置にある。奥州藤原氏が当主の妻。
 見上げた国衡は、憂いなど一切ない笑みを浮かべ、首肯した。
「昨日は二人で言い争って姿を消したなどとお伺いしたが、何も心配はなかったようだ」
「……あ、それは、その、すみません」
「いや、謝ることはありません。こうしてお心を決めることができたなら、何も問題はない」
 大きく口を開け、豪快に笑う国衡を見ていると、とても泰衡の兄とは思えない。だが、秀衡との確実な血の繋がりは感じる。不思議なものだ。
「口上が終わっても、泰衡殿は多くの兵が出立するのを見てから、お出になるとのことですから、ゆるりと別れを惜しまれるといい」
「そうしたいのも山々ですけど、きっと泰衡さんは、私に構ってくれる暇なんてないと思いますよ。限られた時間を有効に使って、この先の策を頭の中で練っているんじゃないかな」
「そうは仰っても、泰衡殿とて人の子だ。それに神子殿も。愛しい者とのしばしの別れは、辛うございましょう」
「それはそのとおりなんですけど。でも、もういいんです」
 既に、彼の心の内は、知るに至った。望美の気持ちは、今さら泰衡に語るまでもない。離れることは辛い、それが本心だけれど、今は待つ身に転じる。
 なるほど、と国衡は応じた。
「昨夜、よく惜しまれましたか」
 さすがに、頬が熱くなった。夫婦なのだから、そういうこともある。けれどもそう他人から指摘されるのは未だに気恥ずかしいものだ。顔を赤くして押し黙る望美を見て、国衡は声を立てて笑い、それならいい、と安堵したように言う。
 望美は国衡を見ていられなくなり、再び泰衡の背中を見やった。
「一緒に、行きたかったな」
 独り言を、ごく小さな声で口にする。
「……女人とは辛いものですな」
 国衡は心底から同情しているらしかった。望美は思わず笑いながら、義兄を見る。
「でも、女に生まれて良かったとは思ってるんですよ。こうして泰衡さんと生きられるのは、私が女だからだもの」
「それは違いない。我が妻もそう思ってくれていると良いのですが」
 国衡にも妻がいる。弟よりも遅い婚姻で、相手は秀衡の側室として在った人だ。彼の人の死後に、遺言により娶ったものだったが、今や当主夫妻よりも仲の良い夫婦と、平泉に知られている。当主夫妻と比することこそ間違いだというのは、泰衡の言だが。
「国衡さんは、阿津賀志山に行くんですよね」
「ええ。闘将として名を馳せる戦いをしてみせますよ」
 意志の強い瞳に、決意を固めた将としての顔を見せる。泰衡も同じだ、どれほど妻が心配していようとも、憂うとも、彼らは大切なもののために、戦いに赴く。その強い心根を支えているのは、自分だと信じたいのが、女という生き物だろうか。
 ふと、泰衡がこちらを振り返ったことに気づいた。
「神子殿」
 婚姻して後も、ほとんどのときはこう呼ばれる。心得ている。望美も歩んで行き、夫の隣に並び立った。兵士たちの歓声が上がる。
 京での雨乞いと同じだ、白龍の神子としてここにいる、神が望美の声に応えようが応えまいが、その名が大切なのだ。京で雨を降らせたという話は、奥州にも既に広まっている、望美は未だに白龍の神子の名を負わされている。泰衡がそれを望んでいるのは間違いない、彼のために、望美は白龍の神子の名をいつまでも背負う。
「龍神の加護は、私たちの上に降り注いでいます」
 先程の泰衡のように、声を張り上げる。嘘でもはったりでも、重要なのは兵をその気にさせることだ。士気を上げることにある。
「恐れず戦い、恐れず生きてください。私は平泉に残り、あなたたちの大切なものを守り、あなたたちの帰還を願い、祈っています」
 四年前の戦において士気が高かったのは、偏に藤原秀衡が源氏に襲われたという部分が大きい。奥州の要たる人を傷つけたこと、誅そうとしたことに、皆怒りを覚えた。それが、結果的に士気の高上に繋がったのだ。今は、龍の加護の名の下に、彼らを引き寄せようとしている。
「生きて帰りなさい」
 望美の声が響くと、再び怒涛の如く、兵たちは勝利を確信したように、声を上げた。一礼し、望美はふと泰衡を見る。彼は望美を見て、僅かばかり皮肉の笑みを浮かべた。望美はしかし、素直に微笑んだ。
「嘘が必要なこともあるでしょう?」
「……そうだな」
 小声で訊ねると、泰衡は頷き、再び兵たちと向き合う。望美は彼に背を向け、大社の奥へと戻った。
 あとは、彼らが無事出立するのを見送る、それが望美が今日果たさねばならない役目だ。
 やがて第一陣出立の合図があり、ぞろぞろと歩いていく人々を見る。その中には、忠衡の姿があるようだ。彼らは、まず石那坂に向かう。次は国衡が率いる阿津賀志山で戦うことになっている兵士たち。遠方へ行くほどに、先に出て行くこととなる。泰衡が出て行くのは、もうしばらくしてからのことだ。彼も望美と同じように、奥州軍を送り出すように見ている。
 彼の傍らに近寄る。特に声をかけるでもなく、並んで佇んだ。
「生きて帰れ、か」
 泰衡が呟いたので、望美はきょとんと目を瞬きながら夫へと視線を転じる。泰衡は、旅立つ兵たちを見つめたままだったが、その視線を感じているようで、
「先程、仰っていたことだ」
 そう話しかけてきた。
「帰れない人もたくさんいるんだろうとは分かってるんですけど。でも、みんなに帰ってきて欲しいじゃないですか。あの人たちにも大切な人がいて、その人たちは、私のように誰かの帰りを待っているんです。それに、泰衡さんにとっては、みんな何にも代え難い大切な故郷に暮らす人でしょう?」
 彼らの墓標が立つとき、泰衡が心を痛めていることを、望美は知っている。
 泰衡は何も言わない。語る必要がないからだろう。彼の故郷への強い想いは、彼が自分を想ってくれることよりも、よく知っている。少し悔しいことだけれど、彼にとって最も大切なのは、妻たる自分ではなく、故郷である奥州平泉に他ならない。そのためにならば命すら惜しまない。そういう人だったから、望美はこの生き方を選んだ。
「約束、ちゃんと守ってくださいね」
「それならば、あなたもあの約束を違えるな」
 泰衡は、まっすぐに望美を見つめ、求める。