小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

そこにあるものは

INDEX|1ページ/1ページ|

 
 手元の携帯電話のディスプレイに映るアイコンと言葉の流れ。ソファに座り身を屈めてそれに目を通していたら唐突に手首を掴まれた。ぐい、と強い力で引かれ右腕が上がる。ディスプレイを追って視線を上げれば目の前に切れ長の目を吊り上げた彼女の姿があった。一文字に結ばれた口元と私の手首を握る手の強さからひしひしと怒りが伝わってくる。ああ、なにやらまた彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
 私は彼女に向かって微笑んで、それから掴まれた手首を見た。「えーと、とりあえずこの手を離してくれないかな? その、逃げないから」
 無言で離された手。女性のそれとは思えない強さで握られた手首は軽く痺れが残っていた。左手で手首をさすってみれば、高い位置から苛立った声。
「毎度言うのが疲れるんだけどさ、アンタいっつもケイタイ見てばっかりよね」
 腕を組んで仁王立ちの彼女。ちょっとウェーブのかかった明るいブラウンの髪を片側で結っていて、その髪型は前に私が可愛いと褒めたもの。落ち着いた色合いのシャツも、ふわふわした印象のロングスカートも同じく私が褒めたもので、そんな場合ではないとはわかっていながら頬が緩んでしまった。
「何笑ってるのよ!」声を荒げた彼女に思わず身を引いた。背もたれに沈み両手を顔の横まで上げれば、彼女の視線が携帯電話に移った。眉を潜めてディスプレイを覗き込むように腰を折って。「これ、Twitterとかいうやつ?」
 私は思わず驚きの声を上げた。極度の機械音痴でTVの録画予約すらできないというのに、どこで覚えたのだろうか。見易いように携帯電話を彼女に渡せば、睨み付けるようにディスプレイを眺めた。
「これの何が楽しいの? 私には脈絡のないことが書いてあるようにしかみえないけれど……」
「脈絡のない呟きだから楽しいんじゃないか」馬鹿にしたように言う彼女に私は反射的に言い返していた。「誰かが思いついたままに、それこそ色々なことが呟かれてる……日常のこととか好きなものについてとか色々な考えが溢れていて、それを眺めるのが凄く楽しいんだよ」
 言い切って見れば、彼女は不可解だとでも言わんばかりに益々眉を潜めた。「他の人の意見を見るのが楽しいの? でもこれって一回にたった140字しか打てないんでしょう、それで一体何が伝わるってのよ?」
 思わず立ち上がった。ほぼ同じ高さになった視線を合わせて言った。
「140字しかないから良いのさ。伝わることも、伝わらないこともあって……それでも繋がっていられる場なんだよ。現実で面と向かって言われたら受け入れられないような意見でも、ここでは『誰かさん』の一意見として受け入れられる」
 それに、と言葉を続けて私は彼女の手から携帯電話を奪った。「ここで私が『誰かさん』として一意見を呟けば、それに興味を持った人がまた意見を返してくれる。普段なら絶対に関わらないような人が意見をくれるんだ。それは素晴らしいことだと思わないか?」
 彼女は眉間の皺を解すように指を当て、小さく溜息を付いた。呆れたように眉を下げて微笑み。「そんなもの? 確かに人見知りのアンタには丁度いいかもしれないわね」でも、と伸ばされた手が携帯電話を奪っていった。ぱたんと閉じられる。そしてソファの端にぽいっと投げられた携帯電話。自然と視線が追えば、彼女の両手が私の頬を包んだ。「少なくとも私といる時くらいこっちを優先させなさいよ……」
 拗ねたように甘えた声と、言葉を奪うように重なった唇。私は視線を戻して彼女の背にそっと手を伸ばした。
【呟き中毒者】
作品名:そこにあるものは 作家名:庭床