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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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厠の華子さん

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 今から数分前に遡[サカノボ]る――。
 何者かが、イモリかヤモリか、トカゲのように廊下を這う。
 学園指定の法衣に身を包み、前髪と眼鏡で目元を覆い隠し、黒い影を背負う幸薄そうな少年――蓮田風彦[ハスタカゼヒコ]。
 彼は今、木造校舎の廊下を這うように匍匐前進[ホフクゼンシン]していた。その姿はまさに水辺を這[ハ]う両生類のようだ――間違えた。ホラー映画のワンシーンのようだ。
 窓から差し込む夕焼けが血のように鮮やかに映ってしまうのは、風彦のかもし出す負のエネルギーの力によるものに違いない。
 風彦は歯を砕けんばかりに食いしばり、片手は腹部を押さえている。
 そんな格好を見ていると、こんなツッコミを入れたくなる――刺されたのか!?
「ちぬ……お腹……痛くて……死にそう」
 ――腹痛だった。
 やっとこさ厠[カワヤ]の前までたどり着いた風彦。
 だが、そこで彼を待ち受けていたものは!?
 ――臨時休業中!
 意味わからん。
 男子厠の戸口に立てかけられた『臨時休業中』の立て看板。
 学園北校舎三階の厠では、この手の怪奇現象が多発しているのだが、仲良しフレンドのいない風彦は学園の噂話にもうとい。むしろ、逆に噂話にされるほう。
 意味不明の四文字が脳内をネバーエンディングに駆け巡る中、風彦は頭いっぱい、お腹いっぱいいっぱいの状態で視線を飛び交わせた。
 男子厠は臨時休業中。横にあるのは女子厠。
 風彦の額に油汗がべっとりねっとり滲[ニジ]む。
 ――限界だった。
「天地神明[テンチシンメイ]、仏様、キリスト様、アッラー様、とにかく拙者[セッシャ]の罪をお許しください、御免[ゴメン]!」
 秘儀トカゲ歩きで風彦は女子厠の中に飛び込んだ。
 静まり返っている女子厠。
 放課後だったためか、運良く生徒の影は見当たらない。個室に誰かいる気配もなく、聞こえてくるのは滴の落ちる音だけ。
 清掃も行き届き、清潔感溢れていた女子厠だが、顔色真っ青で負のオーラを漂わせている風彦の登場により雰囲気が一転。じめじめした空気が辺りに漂いはじめた。風彦は場の雰囲気をどんよりとさせる天賦[テンプ]の才能を持っているのかもしれない。そんな才能イラネ。
 一目散に個室に駆け込んだ風彦に訪れる至福の時。このときばかりは周りの雰囲気も薔薇[バラ]色に変わる。気持ちよい便通――ザッツ快便!
 が、人生楽ありゃ苦もあるさ♪
 全身から油汗を滲ませながら風彦は焦った。在るべきものが、ここにはない!
「オーマイゴッド!(おお、神よ!)」
 静まり返っていた厠に響き渡る風彦の情けない叫び。
 そう、神……じゃなくって、紙がなかったのだ!
 風彦、絶体絶命のピンチ!
 顔面蒼白の死人っ面をした風彦の脳ミソがネバーエンディングに回転する。
 風彦の頭の中で行われる脳内会議。
 議長は前頭葉[ゼントウヨウ]、出席者は人間の根源的な欲求を司る視床下部[シショウカブ]、好きか嫌いかを判断する扁桃体[ヘントウタイ]、蓄積された記憶や情報を整理して管理する海馬[カイバ]の四名。
【前頭葉】「厠に紙がない。このような場合、どのような行動を取ったらいいのだろうか?」
【海馬】「ふむ、過去の例を検索すると、このようなケースは一件も見当たらないようだ」
【扁桃体】「う○ち汚いからきら〜い、ばっちいきら〜い」
【視床下部】「俺、もうすっきりしたから関係ねぇーし」
【前頭葉】「うるさい黙ってろ扁桃体、視床下部! 海馬、なにか妙案はないのか?」
【海馬】「過去のケースから考えて、人を呼ぶのが得策だろう」
【前頭葉】「よし、それで行くぞ!」
 脳内会議がひとまず段落して風彦は人を呼ぶべく口を開けた。
「あ、あっ……!?」
 しまった!
 人を呼ぶのはいいが、放課後なので人がいそうにない。そんなことより、女子厠で人を呼んだら自分が女子厠で用を足したことがバレてしまう。これは末代まで語られてしまう恥だ。それは避けねばならない!
 再び召集される脳内会議と思いきや、女性の声がした。
「お使いなさって」
 風彦の頭上に飛来してくる白い物体エックス。
 あれはなんだ!?
 鳥か、飛行機か、トイレットペーパーだ!
 妙に第六感の働く風彦は、頭で考えるよりも早く、トイレットペーパーを見事キャッチした。
「誰だか存じぬが、あ、ありがとうでござる」
 まさに神の助けとはこのことだなと思いながら、ようやくスッキリ満足した風彦は水を流して個室を出た。
 辺りを見回すが人影はない。だが、微かに気配がする。それに、さきほどまでしなかった花の香り。
 ふと、疑問に思う。
 なぜ、紙を投げ込んでくれた人は、トイレットペーパーがないことを知っていたのだろうか?
「ま、まさか……覗かれてた!?」
 だとしたら恥ずかしい……。
 すっきりしたハズなのに、まだ蒼白い顔をしていた風彦の頬が少し赤らんだ。
「さてと」
 気を取り直した風彦は誰かに見られていたイコール末代の恥うんたらかんたらということなど、すっかり忘れて厠を後にした。
 人気のなくなった女子厠から、微かに女性の笑い声が聞こえた。
「……うふふ」
 そう、この声の持ち主こそが――。