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circulation【2話】橙色の夕日

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 その横顔を見下ろして、ちょっぴり幸せになる。

 ……あれ?
 でも、ブルーベリーって今時期だっけ??

 記憶の中を必死に探る。
 遠い昔、両親とブルーベリーを摘んだ事が何度かあった。
 真っ青な空に、見上げるほど積み上がった雲。薄紫のマント。
 母がブルーベリーを摘んではこちらに見せて、楽しそうに笑う。
 灰色の大きな犬は、舌をだらんと出して木陰で伏せていて、帽子を嫌がる私に、熱中症になるから。と、父が背中で日陰を作ってくれて……。
 そう、暑い盛りだったはずだ。
「――それ本当にブルーベリー?」
 顔を上げると、スカイが早速その実を食べようとしているところだった。
 私の声に緊張が含まれていたのに気付いてか、デュナが、スカイの摘み上げていたブルーベリーを力いっぱい叩き落した。
 どう見ても、必要以上の威力で。
 スカイの手ごと。
「いっ――!!!!!」
 声が出せないほど痛かったのだろうか。
 よろりと大きく揺れた後、スカイは完全にしゃがみこんでしまった。
 地にうずくまったスカイは、その背に負っているフィーメリアさんの陰に完全に隠れてしまっている。
「フォルテは? ひとつでも食べた?」
 デュナの問いに、フォルテがぷるぷると首を振る。
「皆と一緒に、食べようと思ったの……」
 どういう事態になったのかがわからず、フォルテは明らかに戸惑った表情を見せている。
「そう、よかったわ」
 答えを求めるように私を見つめてくる、フォルテのふわふわのプラチナブロンドをそっと撫でる。
「それはブルーベリーじゃないみたい」

 昔。
 私がフォルテよりも、もう少し小さかった頃、森で見つけたブルーベリーを摘んで、両親に見せたことがあった。
 母は、少し困った顔をして私の頭を撫でながら、こう言ったのだ。
「本物のブルーベリーは、暑い時にしか生らないの」
 そうだ。この話には続きがあった。
 母の言葉を思い出しながら、ゆっくり口にする。
「寒い時期に生るブルーベリーそっくりの実は、ブラックブルーって言ってね。食べると丸一日は眠り続けてしまうのよ」
「それだわ!」
 デュナの声にはっとする。
 そうか。
 フィーメリアさんは、それで目を覚まさないのか。
「丸一日っつーか、三日くらいはここで寝てたみたいだけどな」
 スカイの声がフィーメリアさんの下から聞こえてくる。
 屈んだままのスカイの足元には、先ほどまでフィーメリアさんが倒れていた部分の草がぐったりと潰されていた。
「睡眠薬入りのスープを飲みすぎた、どっかの誰かと同じでしょ。食べ過ぎたのね。きっと」
 デュナがスカイの心配を他所に、あっさりと返す。
 むしろ、スカイにとってその発言は墓穴だったようだ。
「うぐ……」
 悔しくてか、そろそろ潰されて苦しくなってきてかは分からないが、スカイのうめき声が聞こえた。


 私達は、ブラックブルーの実を持って、フィーメリアさんと共に屋敷に戻ることにした。
「ああ、これがブラックブルー……深すぎる眠り。ですか」
 ファルーギアさんは、フォルテの持ち帰った実を拾い上げると、興味深そうに眺めている。
 そんなに有名な植物ではなかった気もするのだが……。
 私と目が合うと、くたびれた服装の頼りなさげな男性は、
「私はこれでも、植物の研究をしていまして……」
 と、ちょっと申し訳なさそうに微笑んだ。

 私は、そんな意外そうな顔をしていたのだろうか。
 どうも、私は感情が顔に出てしまいやすいらしい。気をつけないと……。
「しかし、図鑑では見たことがありましたが、まさか自分の庭に生えていたとは。
 遺跡の穴の事といい、自身の家なのに把握していないことばかりで、いや、お恥ずかしいです」
 ファルーギアさんが、その小柄な体をさらに小さくする。
「まあ、庭と言っても、こんなに広いとなぁ……」
 スカイの台詞に続いて、私もフォローを入れる。
「そうですよ、お気になさらないで下さい」
「はあ、すみません」
 なんとか顔を上げたファルーギアさんの目の前には、腕を組んだデュナが待ち構えていた。

 なんとはなしに、寝台に寝かされているフィーメリアさんを見る。
 デュナとファルーギアさんは報酬について話し合っていた。
 同じようにフィーメリアさんを見つめていたフォルテが顔をあげて
「この人、明日になったら起きるかなぁ……」
 と、私の思っていた心配事を口にした。
 我々は、フィーメリアさんを見つけ出すことには成功したが、助け出すという意味では不完全だった。
「ちゃんと目覚めるまで見届けたかったよな」
 スカイがポツリと漏らす。
 彼もまた、私達と同じようにフィーメリアさんを眺めていた。
「皆、今日はとりあえずこのお屋敷に泊めていただく事になったから」
 私達の背にデュナのハッキリした声がかかる。
 振り返ると、ファルーギアさんが、こちらへ微笑んだ。
「あ、ありがとうございます。お世話になります」
 ぺこりとお辞儀をして、フォルテにも礼を促す。
 隣でスカイも頭を下げた気配がした。
「朝になってもフィーメリアさんが目覚めない場合、明日は図書館に行くわよ」
「図書館?」
 デュナの言葉を思わず繰り返す。
 図書館だなんて、もうここしばらく行っていない気がする。
 最後に行ったのは確か、フォルテの身元捜しをしていたときだったろうか。
「図書塔とか、書の城とか呼ばれてる、この町のシンボルね」
 ザラッカの町の中央付近にある、ちょっとした城のような建物。
 いくつかの塔が束ねられたような形のそれが、この町で唯一無二の図書館だった。
 学術機関の集まる、そう大きくない町では、あちこちに小さな図書館があってもあまり役に立たないのだろう。
 それぞれに違う専門分野に特化した本を求める学生達に磨き上げられて、この町の図書館は、大きく、立派に、この町のシンボルとして十二分に育てられてきた。
 他の町から、わざわざこの図書館を頼ってやってくる旅人もいるくらいに。

 そういえば、デュナも確かザラッカに来る途中、その図書館に寄りたいと言っていたのだった。
「皆で行くの?」
 フォルテがデュナを見上げて問う。ラズベリー色の瞳には、期待が浮かんでいる。
「ええ、フィーメリアさんを目覚めさせる方法を探しにね」
 キラリとメガネを光らせて、デュナがニヤリと笑った。
 フォルテもニコニコとしている。
 どうやら、久しぶりに本を読めるのが嬉しいようだ。
 フォルテは、記憶が無くとも字は読めて、色々なお話を読むのも好きだった。
 家に居る時には、一日中本を読んでいることもあるほどだ。

 外に出る予定の無い雨の日には、黙々と本を読んでいるフォルテの横で、私も、デュナに薦められた魔導書を読み始めてみたりもするのだが、私の場合はいつもすぐに投げ出して、最終的には時間のかかる煮込み料理などに精を出していたりする。
 スカイも、はじめは皆の旅アイテムの点検や繕い物をしたりしているのだが、こちらもそれが終わると飽きて、夕方頃には私の料理を手伝っていたりするのだ。
 デュナは、いつもと変わらず研究室に篭りっぱなしなわけだが。

「明日まで、どうぞよろしくお願いします」