緑 飲み込む
緑色が、静かに街を覆っている。壁、地面、人が通らないところには、全てそれがあった。
それは、朝顔の蔓だった。
終わらない夏を信じるように、朝顔だけが、一昨年の夏から枯れることなく蔓を伸ばし続けていた。始めこそ切ったり騒いでいた人々も、今ではすっかり静観し、伸びるに任せている。それだけではない。
なぜ、伸び続けるのか。
今では、殆どの人間がそんなことすら考えない。ただ、枯れない朝顔が伸び続けるに任せている。
部屋の窓から手を伸ばして、青々とした葉に触れる。少し冷たくて、ざらりとしていた。夏の盛りを目前に控えた今、それは沢山の蕾を抱いていた。咲く前からわかる、鮮やかな色合い。私は、濃い青が好き。
数が数なだけに、当然咲く時期もうんと長い。それは、この小さな街の、大きな観光資源となった。
けれど、どれだけ街が大きくなろうとも、この街は姿を変えない。変えられない。
終わらない夏は、街の変化を許さない。
どのように繋がっているのか把握しきれないほど、朝顔の蔓は街中に蔓延っている。それを容易に断ち切ることは難しいし、切れないのだから道を広げることも、建物を新設することもできない。
そして、街はこれ以上緑が広がる前にと決断を下した。
住民を、追い払うのだ。
そして、街を大きな観光地にしてしまうという。壁に朝顔が這う建物の外観を壊さぬように、そうっと中を改装して、宿や商店、そして少ないけれど研究施設に当てるという。街に残るのは、政府に認められた人々だけ。それも、多くが街の外の人々だ。今までの街と、同じとはいえない。多くの住民が、街を追われる。それは、私も。
(まるで、この朝顔が、私たちを追い出すようだ。)
膨らんだ蕾を、私たちはもうただ愛でることはできないだろう。
傾きだした太陽が、葉脈を透かす。
まだ強い日差しに、夏の本番の気配を感じた。本当はわかっていた。
(私たちを追い出すのは、緑なんかじゃない。)
一日は静かに伸びて、蔓はさらにその世界を広げる。
テレビでは、全国放送でこの街の名前が流れる。開花予報、なんて。それが告げる日は、奇しくも私がこの街を去る日だった。本当に、咲くだろうか。
風が吹いて、街中の緑が揺れる音がする。街の景色は、これからもきっと変わらないけれど。
私は、窓に垂れる蔓を握り締めて、強く引きちぎった。