□の入り口(しかくのいりぐち)
とある昼下がり。
私は偶々早くに用事が終わったので、不意に訪れた空きの時間に心をときめかせた。
午後の中途半端なこの時間。
光は曖昧に、
空気も何やら異物を含み、
軽いのか、重いのか、
なんとも判別し難い雰囲気を醸し出す。
頭の芯が蕩けそうになる。
私は恍惚感を抱きながら一人、駅のホームに立っていた。
そして、
――この時間の電車は、特別だ。
これら全ての要素は一度、ガラスを通してあの限られた空間に閉じ込められることにより更に、密度を増す。
――それはもう、息すら出来ぬほどに。
私の頭はもう、普段の思考回路を全て閉ざし、来たるべき世界への希望と待ち遠しさとで支配されていた。しかし、
私は瞬時にして我が目を疑った。
――小学生、だ。
それは、体操着を身に纏い、ご丁寧に赤白帽まで被った、小学校低学年の子供だった。
ただ、
ソレは向かい側ホームに入ってきた車両いっぱいに、居た。
皆、無表情で、中には窓に両手をついて外を食い入るように見ているものも居る。しかし、ソレらの目線と私の目線とが交わることは決してない。
めいっぱい居るのに、何故かソレらは押しつぶされる事なく平然と其処に居る。
恰も当然かの如く。
――嗚呼。
なんて贅沢な子供たちだ――
私は羨望と嫉妬の念に駆られ、その車両に触れようと、手を伸ばした。
瞬間、
中のソレらが一斉にこっちを見た。
私は――
今までに味わったことのない恍惚感に襲われ、
墜ちた。
そして、微かに、少女とも少年とも解らぬ笑い声を聞いた。
「あなたは、しあわせ?」
《了》
作品名:□の入り口(しかくのいりぐち) 作家名:ふじま つよし